セールスジャパンの経営を始め、様々な事業活動に携わるマイク丹治が、日々仕事を通じて感じていることをつづります。国際舞台での活動も多いので、日本の政治・社会・産業の課題などについて、グローバルな視点から、コメントしていきたいと考えています。

憎悪の連鎖をどうすれば止められるのか?

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平昌五輪で、北朝鮮と韓国の融和を示すような試みがされているようだ。一方で、米国と北朝鮮の間には大きな溝がある。米国に寄り添う我が国は、北朝鮮からすれば仮想の敵であろう。戦時中に日本に支配され、虐げられたという記憶は北朝鮮も韓国も同様だと思われるし、常に日本の過去に言及することで国家としての統一性を保ってきた韓国としては、北朝鮮と融和すればするほど日本を仮想敵と見做すことになる。

これは中国と我が国の間をとっても同じだが、常に中国の属国であった朝鮮半島と、頻繁に民族間での主導権争いを続けながら巨大国家を築き続けてきた中国とは根本の精神が異なるように思える。中国に引き続きの覇権主義を称賛する気は毛頭ないが、一方で中国はやはり国家としての成長のためには決断をすることが出来るし、その一つが昨今の日本重視政策であろうと推察する。つまり過去の怨嗟に蓋をする可能性があるのだ。

翻って、世界各地を見れば、イスラム圏と西欧諸国の確執は、宗教の違いもさることながら、国境線を英米が引いたという問題であり、石油を通じた搾取だ。ポーランド人は、ワルシャワを挟んで戦争を行ったドイツ人とロシア人を忌避する。様々な要因が憎悪を作り出し、これを更にエスカレートさせるのだろう。宗教、支配、搾取、これらに伴う貧困。そして、一旦人々の心に棲みついた憎悪は、その人の死を超えて民族に脈々と引き継がれていく。

そのようは憎悪は結果として相手に対する不信感にもつながり、それが軍事競争にもつながっていく。そして、最も恐ろしいのは、それは支配されていた、或いは支配されている弱者の側だけでなく、強者においても脅迫精神を醸成していくということだ。その一例が米国の小型核爆弾の開発だとすれば、これ以上残念なことはない。国連は世界平和を目指して作られたが、結局強国の利益を守り、一方で弱者に対する支援という手を差し伸べるだけ。

これで支援を受けた人々は自ら立ち上がり、強者に伍していけるような国家を構築していけるのだろうか?我が国の戦前の東南アジアや太平洋島しょ国との付き合い方は、少なくとも当初は現地の人々を重視し、その自立を助けるようなものであったと言う。だからこそ、日本人の6代目が例えばミクロネシアの大統領なのだろうと感じる。昨今特に欧米流に影響され、パターナリズムが益々高進している我が国だが、今一度それぞれの民族や国家を重んじ、人々が自ら自立できるような仕組みをどう作っていくかということに注力すべきではないか?

日本の統合リゾートの議論で、依存症対策ということが課題となっている。もちろんこれは防ぐべきことだし、ある意味で疾病と言わざるを得ないケースもあると思う。現実に止めようと思っても止められないものでもあるらしい。だが、何でもただ助ければよいのか?本人が自立して生きていくためには、ただ助けるだけでは足りないのではないか?その責任は誰の責任なのか、今一度よく冷静になって考えてみるべきではないか?

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