セールスジャパンの経営を始め、様々な事業活動に携わるマイク丹治が、日々仕事を通じて感じていることをつづります。国際舞台での活動も多いので、日本の政治・社会・産業の課題などについて、グローバルな視点から、コメントしていきたいと考えています。

日本の将来を憂う

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リニアのスーパーゼネコンの談合疑惑は、さすがにがっかりした。もちろん捜査次第ではあるが、これだけの大きなプロジェクトで、その契約の75%を4社がほぼ同額で落札しているとなれば、検察が談合を疑うのも仕方ないだろう。ゼネコンの談合は、日本の戦後の経済成長の歴史の中で常に取り上げられてきた課題だが、海外の様々な不正に対して批判をし、少しでも公正な社会を築こうとしている我が国としては、ただただ恥ずかしいとしか言えない。

一方で、先日台湾の航空会社のフライトで、日本人が寄って騒いで結果としてフライトは帰還し、強制的に降機させられたらしい。航空会社と同乗の乗客に大変なご迷惑をおかけしたと思う。以前も会社の旅行で、乱痴気騒ぎをしたなど、日本人のご乱行は時々問題とはなっているか、最近は逆に日本へおいでになる観光客の不行状への批判が多かったように感じているので、ある意味残念だ。もちろん戦後成長の過程で、我が国の文化度も世界の常識に近づいてきた部分があると思うので、昔は日本人も田舎ものだったと理解しているが、このような蛮行が行われることは、国民としての恥だと思う。

佐賀県で、中学生にスマホを持たせないという教育委員会の規定があるようだ。これについて、色々と物議が闘わされているようだ。これは以前にも書いたことだが、この国はおかしな平等主義が蔓延していると感じる。成人ではない子供たちの行動には相応の制限があるのは当たり前であり、例えば米国ではクラシックのコンサートやミュージカルには一定年齢以下の子供は入れない、また中学生や高校生の芝刈りのアルバイトの報酬は、プロに依頼するのと比べれば、雀の涙、つまり学生は勉強が本分であり、大人とは別との判断だ。

もちろん一方で親としてスマホで居場所が分かるとか、安全のために子供にスマホを持たせたいというのは分かるが、本当にスマホがないと子供の勉学や人間形成に問題が起こるか?子供の安全確保であれば、スマホのような通信機能のないデバイスを作れば良いし、ネット検索などはPCでやれば良い、と考えれば、そもそもスマホを全国的に禁止しても、何の問題もないはずだ。そして、それは教育委員会とかのレベルの話ではなく、スマホの通信事業者が自ら考えれば良い。少しでも多くの利用客を確保してただただ金儲けをしたいか、それとも子供の健全な発達を支援したいか、例えばそういうことを考えれば良い。

なお、私は、個人的には、別にスマホを子供が持ってもよいし、それを念頭に不正な情報アクセスがないように、事業者が相応のソフトを用意するなどをすれば良いと考える。少なくとも教育委員会がどうとかいう話ではなく、もっと社会の基本的な仕組みの中で自動的に決まっていくものであって、それは事業者と利用者、その家族の間で、それぞれの責任に基づいてルールが決まっていくものなのだと考える。そのようなメカニズムがなく、全員がただただ利便性を追い求め、そこから発生する課題には無責任に他者に責任を押し付けることが我が国の課題だ。

どうぞ良いお年を!

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