セールスジャパンの経営を始め、様々な事業活動に携わるマイク丹治が、日々仕事を通じて感じていることをつづります。国際舞台での活動も多いので、日本の政治・社会・産業の課題などについて、グローバルな視点から、コメントしていきたいと考えています。

日本の良さは何だろう?

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静かだ、我慢強い、ホスピタリティがある、おもてなしの精神、優しい、気遣い、お互いを助け合う姿勢、などなど東日本大震災やオリンピックの招致以来我が国の良さについて、内外ともに様々な表現がされている。そして、時としてこれを他国の国民性と比較して行う例もある。

今、久しぶりに台湾に来ているが、いつも仕事で忙しくてあまり気づかなかったことで、ふと感じたのが、台湾の人たちが静かなことだ。失礼を恐れずに言えば、中国大陸の方々はどこででも大きな声で、そして我々には喧嘩と思えるような語調で話している印象がある。それはそれで非難すべきものではないが、日本人からすればちょっとうるさく感じるのは事実だ。

だが、同じ中国人でも、台湾の方々はあまり大きな声で話さない。そして、人に対しても優しく、気遣いの精神もかなりあると感じた。例えばタクシーも、どこに行くのか一生懸命理解しようとし、出来るだけ早く着こうとし、目的地の出来るだけ便利なところに連れて行こうとしてくれる。

それにも関わらず、何故か街中は比較的ゆったりしていて、東京や香港のような忙しさもない。また、至るところにコンビニや百貨店など日本に関連した文化が存在し、それが日本語が引き続きある程度通用することも含めて、全く違和感なく台湾の社会に溶け込んでいる。

もちろん日本の統治時代をどう評価するかは、様々な見解があると思うが、ここに至る経緯を含めて結果として中国の文化と日本の文化がある意味ゆるやかに融合した姿がここに存在するような気がする。そして、自らを被害者と主張し、他人を思いやる気持ちをなくしつつある特に都市部の我が国の国民と比較してみた場合、どうもそもそも存在した日本の良さと言われるものは、我が国にではなく台湾にこそあると言っても良いような気がしている。

何故、我々日本人はこんなに余裕がないのか、改めて考えなおしてみても良いのではないか?もちろんすでにパーキャピタでは我が国は台湾に追い抜かれているが、でもまだまだ豊かではないか?そしてそれが多少貧しくなろうと、戦中・戦後と比べればずっとましではないか?

何とか一生懸命働くことで、ささやかな家族との時間を持てればそれで幸せではないのか?何故人を出し抜き、他人を中傷し、自分の権利を必要以上に声高に主張し、ただただ空しい豊かさを求めるのか?

生活保護を受けている人々がパチンコをしたら支給を止めるということに対して、好ましくないとの政府の見解があったらしい。確かに法律上もパチンコなどに対する使途の制限は記載されておらず、支給額をどう使うかは自由だろうと思う。だが、本当に生活に困っておられる方々がパチンコに生活保護の支給額を使うとは想像できない。就業が難しくて困っているのであれば、少しでも次の就業のために使うべきだと考えるのは当然のように思える。

生活保護はもちろん国民の権利だが、一方でそれに安住せず努力することもまた国民の義務なのだと考える。利己的に自分の権利だけを振りかざすのではなく、民主的な国家に生まれたものの責務として、人を思いやる、仕事などを通じて社会に貢献するという当然の行為をきちんと実行できる国民でいたいし、それを世界の人々にも示していけたらと感じている。

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