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 セールスジャパンの経営を始め、様々な事業活動に携わるマイク丹治が、日々仕事を通じて感じていることをつづります。国際舞台での活動も多いので、日本の政治・社会・産業の課題などについて、グローバルな視点から、コメントしていきたいと考えています。

ナルナル理論

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統計によれば、確実に我が国における凶悪犯罪の数は減っている。もともと世界一安全な国と言われ続けて久しいのだから、ものすごく安全なはず。それにも関わらず、毎日のように理解に苦しむ事件が報道され、我々は不安な気持ちでいっぱいだ。

今回の中学1年生二人の事件は、どうも逮捕歴のある人間が容疑者でそもそも同じような手口を10年以上前にも使っていたようだ。一度犯罪を犯したからと言って、差別するようなことがあってはいけないのは当然だし、歌舞伎町の駆け込み寺の玄さん達の出所者の方々のための社会復帰への努力には賛同するが、一方で再犯率が極めて高いという現実に触れると、国民は不安にもなる。

それにつけても、例えばお金が欲しいからとか、恨みがあるとかいうのは、犯罪の正当化にはならないが多少は理解出来るものの、この事件などは全く理解しがたい。もちろん人類は愚かな生き物なので、犯罪はなくならないのだろうとは思うが、何かこれを少しでも少なくする方法はないのか?

すぐに生き返るゲームの影響で人の命に対する感性が劣化しているとか、ネット社会の拡張で殺人や犯罪の方法なども含めてあらゆる情報に接しやすくなったとか、様々な要因が語られるが、やはり一言でいえば核家族化であり、社会のつながりの希薄化ではないか?

そして、それを違う言葉でいえば、家族、近隣、社会からの愛の希薄化でもあるような気がする。宇宙人の元首相と同じ文脈で愛を語るつもりはないが、子供のころから愛されて育ち、近隣を含めた社会とも繋がりを持って育てば、さすがに人様を殺めようとかいうことには到らないのではないか?

科学技術の進歩で何でも便利になることは素晴らしいが、やはり人類は社会を形成してしか生きていけない生き物なのであり、成長だけを目指し、ただお互いを蹴落とすことだけを考えるのではなく、協調を進めることも重要だし、また我々の本当の意味で繋がりのある社会を維持することも重要なのではないか?AI化が人類の生存に危機をもたらすという指摘も、世界一流の学者から提示されている。今一度今ある我々の生きざまを見直してみるべきだろう。

現首相が、必要以上に集団的自衛権にこだわるのも、やはり幼少時に愛を十分に受けていなかったからではないか、などと推察せざるを得ない。昨日の参議院での「どうでもいいじゃん」発言は、彼の焦燥感と幼稚さを見事に表しているではないか?反対が募れば募るほど、ゆがんだヒロイズムで固執する、ちょっと変だぞと感じた方は多いのではないか?

私の高校時代の友人で、大変優秀で医学部に進み研究をしていた人間がいた。残念ながら早逝したが、彼はナルナル理論ということを主張していて、要は幼少時に父親の愛を十分に受けずに育つと、自分は偉く或いは有名に「ナル」など、「ナルナル」症候群に陥る確率が高いというものであった。

かく言う私も、彼からは「君もナルナルだね」と看破された一人ではあるが、現首相の行動を見ていて、改めて彼の話を思い出している。彼が存命であれば、必ず「彼もナルナルだ」と指摘するのではないだろうか?

閑話休題、やはり科学技術による便利さや、経済的な成長ではなく、人類社会としての繋がりと成熟を大事にしたこれからの社会、世界を作ってくべきだと思うし、そのために皆がもう少しお互いを気遣うようなことを目指していくべきだと考える。国外からの旅行客に対する「おもてなし」ではなくて、社会の中でお互いに気遣いあうことがまずは基本ではないか?

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