あるいはファシリテーションが得意なコンサルタントによるノウハウとか失敗とか教訓とか

ワインバーグ、あるいはもっとも偉大なコンサルタント

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2018年8月7日、我が師匠ジェラルド・M・ワインバーグが亡くなった。
あなたには師匠がいるだろうか。僕には2人いる。
僕がよりによってリーダーシップについての本を書いているその最中に、僕のキャリアをリードしてくれたワインバーグ師匠が亡くなった。一言も会話をかわさず、ひと目も会わないうちに。

ワインバーグ師匠について形ばかりの紹介をすると、
・アポロ計画に関わった、最初期のプログラマー
・コンピュータシステムと人間関係の密接な関係を最初に指摘
・狭義のコンサルタントのはしり
・作家
・文章の書き方の指南者
といった具合だろうか。


彼がいなければ、僕はコンサルタントではなかっただろう。
コンサルタントという名刺を持った何者かではあった。だが、彼の本を読む前の僕は、コンサルタントと「良いSE」の違いすら分からなかった。
彼の「文章読本」を読まなければ、僕は本を書いていなかっただろう。
彼が導いてくれなかったら、今頃は燃え尽き症候群になって奥さんに養ってもらっていたかもしれない。
偉大な方を失った。

彼の本によると、コンサルタントがクライアントに与える影響力は、ジャムのようなものだという。対面での個別コンサルティングに比べ、トレーニングや講演での講師を通じたコンサルティングは対象者が増えるものの、ジャムを薄く伸ばした時のように効果が薄くなる。そして本を通じた影響力は、対象者が更に増えるが、一人ひとりに与える影響力は極限まで薄くなる。(ラズベリージャムの法則)

彼と僕とは数冊の本の書き手と読者という関係に過ぎない。ラズベリージャムの法則を持ち出すまでもなく、普通はそういう人を師匠とは呼ばないだろう。
しかしその読書体験は職業人としての僕だけでなく、一人の人間としての僕にも深い影響を与えた。彼の本を何度も何度も読むうちに、最初から僕がそう考えていて彼の本に共感したのか、彼の本の影響を受けてそう考えるようになったのか、もはや区別がつかない。

そもそも、
コンサルティングの現場⇒トレーニングや講演⇒本の執筆
という順に、自分のなかで智慧を練り上げていくプロセスは、彼のたどってきた道だ。初めてこの話を読んだ時はあまりピンとこなかったが、15年たった今、当たり前のようにやっている。
彼から学んだことを(自分の整理用に)書き出していこう。


★コンサルタントとは何者か?
コンサルタントとは、人に請われて影響を与える人。だから広義のコンサルタントには、アマチュアの禁煙コンサルタントから本の著者までが含まれる。初めて師匠の本を読んで2ページ目に「コンサルティングとは不合理なものである。なぜなら・・」と書いてあったのは、コンサルタントになりたての僕にとって衝撃だった。そして「合理的であるな。妥当であれ」は執務室の壁に額に入れて飾りたい。ウチの会社フリーアドレスだから一生執務室持たないと思うけど。
⇒「コンサルタントの秘密」より
⇒関連ブログ記事「500ページのマニュアルは燃えるゴミ、あるいは合理性の罠

★サービスを購入するということ
オレンジジューステストについては、1度記事に書いた。僕らはみな、「内容を事前に十分定義できないサービスを購入すること」には大変不慣れだし、そこにIT技術者やコンサルタントに特有の難しさの一つがある。ちなみに「顧客が本当に欲しかったもの」という寓話がからできたカードゲームがウチのオフィスにあるけど、かなり面白いのでこういう仕事についている人は買ったほうがいい(またはウチに遊びに来るか)。
⇒関連ブログ記事「「オレンジジューステスト」を使ってみた。あるいはサービス業の良し悪しを見分ける方法

⇒関連ブログ記事「なぜITシステムは「安物買いの銭失い」になりやすいのか?あるいは買い物における2つのルール


★内面と行動を一致させる/そのまま口にする
例えば、「内面で実はAと感じているのに、何かが自分を抑制してBと発言している」という現象。僕はこの現象があること自体、そして自分もそうなっていることを、師匠の本で知った。そして、この不一致がどれほど人間関係やチームワークに影響を与えているか・・。
僕がちょくちょく「お話を聞いていて、どうもイライラしてきました」などと面と向かって言うようになったのは、100%師匠の影響。
⇒「コンサルタントの道具箱」より
⇒関連ブログ記事「ワインバーグの魔法あるいは僕が緊張しなくなったわけ



★内なる声を聞くことの難しさ
内面と行動を一致させる方が結局はうまくいく。とはいえ自分の内面を知るのは大抵の人が思っているよりずっと難しい。僕も師匠の本を読んでから意図的に日誌を書いたり自転車に乗ったりして、徐々に内なる声を聞けるようになっていった。
⇒「コンサルタントの道具箱」より


★コミュニケーション不全について
自分がいかに人の言うことを聞けていないかを新卒の時に入った会社で教わり、言葉によるコミュニケーションがいかに不安定なものかを師匠の本から教わった。おかげでかなり言葉には敏感になったと思うし、このことは多くの事故を未然に防いでくれたと思う。

なお「プログラミングの心理学」を読んだら、「プロジェクトの末端メンバーが「もうダメです」と報告したことが組織階層を上がるたびに丸められ、トップの耳に到着するときには「問題ありません」になっている現象について書いていた。1971年、もう47年前の本ですよ。コンピューターが腕時計型になった今でも、僕らはこういう面でちっとも進歩していなのだ。
⇒「プログラミングの心理学」より
⇒「ライト、ついてますか」より

⇒関連ブログ記事「僕は聴くことが出来なかった、あるいはコミュニケーションの第1障壁



★やる価値のないことを、上手くやろうとしない
師匠は「ゴミにノシを付けるな」と表現していた(和訳ではあるが)。結構やっちゃいがちなんだよね。
逆に僕は、これを肝に銘じてから同僚には冷たくなった。「それ、俺やらない」とか問答無用で言ったりするから。
⇒「コンサルタントの秘密」より
⇒関連ブログ記事「まだ管理で消耗してるの?あるいは僕が管理をしない理由



★リーダーとはどういう存在で、どうすればなれるのか?
カリスマ的に皆に信奉させたり、モチベーションを掻き立てる人だけがリーダーではない。アイディアを出したり、組織を整えることでもリーダーになれる。そして自分を知り、律することがその第一歩になる。僕は師匠の言うことが理解できないまま、数年間日誌を書き続け、結果としてリーダーシップの道を踏み出すことができた。そして自分でもリーダーシップについての本を書く程度には、リーダーシップを知ることができるようになった。
⇒「スーパーエンジニアへの道」より
⇒関連ブログ記事「日報を書き続けることの意味、あるいは結局ひとを育てるのは自分だということ



★コンサルタントは忙しい中、常にマーケティングをし続ける必要がある
現在のお客さんに100%依存すると、社員と変わらない行動しかできなくなる。仕事があるときほどマーケティング活動をして、常に案件がある状態を保たなければ、コンサルタントとして機能しなくなる(お客さんにNoと言ったり、合わない仕事を断れなくなるから)。
ありがたいことにウチの会社はいま多くの引き合いをいただいて、そのほとんどをお断りしているが、師匠の考えに立てば、これは課題ではなく成果ということになる。
⇒「コンサルタントの秘密」より


★自分を成長させ続ける
学ぶことがなくなったら、次に移るべき。つまり、得意なことを延々と続けるだけではいずれ退場せざるを得なくなる。これはつまり、ある程度の失敗を許容し、失敗をハンドリングすることの重要性を学ぶことでもある。
上記のマーケティングの件もそうなのだが、師匠は「忙しさを理由に、お客さんへのサービス提供とマーケティングや自己研鑽や新規チャレンジを両立できないなら、いずれ廃業せざるを得ない」と言い切っている。ここまで言われたからこそ、僕は忙しさを理由にこれらをサボったことがない。両立出来るかは不明だが、廃業よりはマシだから。一方で、同じ行動規範を採用していない同僚にイライラするが、今考えたらしょうがないのかもしれない。彼らはワインバーグの弟子ではないのだから。
⇒「コンサルタントの秘密」より


★自尊心を持ち、燃え尽きない生き方
コンサルタントに限らず、懸命にはたらく人は常に燃え尽きるリスクと隣り合わせである。だからともに働く人を助けることと、時に助けてもらうことは必要。ただし、飛行機の緊急マニュアルに「まず自分の酸素マスクを付けてから、子供に付けてあげなさい」と書いてあるように、まずは自分が健康でいること。下記の記事に書いた出来事があった時、この本はまだ出ていなかったんじゃないかな・・。
⇒「コンサルタントの道具箱」より
⇒関連ブログ記事「僕が鬱病になりかけた時の話、あるいは負のスパイラルについて



★パンツを脱ぐこと
最初にこれを教わったのは中高大一緒だった旧友だが、師匠の本からも影響を受けている。彼が自分のかっこ悪いことも含めて率直に書いてくれたからこそ、大事さが伝わった。4冊目の本には、僕の失敗談も結構書いたが、読者の皆さんに伝わっただろうか。
⇒関連ブログ記事「脱げぱんつ派であること、あるいは自己開示がもたらすもの



★文章と本の書き方
最初に章立てを作り、それを薄めるようにして文章を書いても、つまらない本しか書けない。
そうではなく、無数のネタを集め、いい感じに組み合わせれば面白い本になる。彼はそれを「自然石構築法」と呼んでいる。それを書いた「ワインバーグの文章読本」がでた時は、「なぜ師匠が文章読本?」と違和感しかなかった。僕自身も本どころか長い文章を書く予定も野望もなかった。しかし、師匠の新刊が出れば自動的に読むのが弟子というもの。
僕が1冊目の本をひょんなことから書き始めたのはその1年後のことだった。それ以来、僕がこれまでに書いた4冊の本は、彼から伝授された自然石構築法によって書かれた。
⇒「ワインバーグの文章読本」より


★靴下の色は統一しろ
これだけでそのうちブログを一本書こうと思っているくらい、本質的なこと。僕は夏はグレーの指が分かれてるやつ、冬は黒の靴下しか履かない。これも師匠の本の1行から学んだ。
⇒どの本だったかは覚えていない。「コンサルタントの秘密」かな?


僕の4冊目の本「リーダーが育つ 変革プロジェクトの教科書」を彼に捧げる。
彼が亡くなったのは残念だが、亡くなったことで日本語で書かれたこの本を読めるようになっただろうから、何事にも良い面はある。




**************執筆こぼれ話

8月初旬に師匠がなくなってからこの追悼記事を上げるまでにずいぶんかかってしまった。順調に書き上がっていた4冊目の「リーダーが育つ 変革プロジェクトの教科書」が大幅な方向修正をすることになり、ほとんどボリュームが倍になるほど加筆していた真っ最中だったからだ。先日、著者校正が無事終わり、僕の手を離れた。そこでようやくこの記事に割く時間ができたという訳だ。

本のあとがきに、これと同じ文章を書いた。「師匠が亡くなったが、何事にも良い面はある。」と。すると編集さんからNGを食らった。人が死んで「良い面はある」は不謹慎だし、意味がよく分からない文章だし、と。という訳で、本のあとがきはここに上げたバージョンと少しだけ違う文章になっています。あとがきはしょせんおまけなので、どうでもいいことですが。

僕および同僚のワインバーグファンは「ワインバーグっぽい文章でいいよね」と思っていたのだけれども。彼の文章にはこういう、少し分かりにくいところがある。弟子はそれも含めて素晴らしいと思っているのだが・・。とはいえ、万人向けの書き手ではないのは間違いないだろう。例えば多くの読者が絶賛する「ライト、ついてますか」からは僕はあまり学ぶことができなかった。あまりに謎めいてませんか?あの本。

ワインバーグの文章読本
ワインバーグの文章読本
Gerald M. Weinberg ジェラルド・M・ワインバーグ G.M.ワインバーグ
翔泳社
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