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レビューは自分よりもスキルが高い人だけに頼むものではないということ、あるいは「職業としての小説家」について

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村上春樹の「職業としての小説家」を読んだ。
元々「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」や「ノルウェイの森」辺りの小説が好きで、何度も繰り返し読み返していた。最近は小説よりも、物書きである自分を見つめるような文章がかなり好きだ。
以前にも「走ることについて語るときに僕の語ること」という本も書いているけれど、彼が「プロの小説家、あるいはシリアスなランナー」であるのと同じように、僕自身も「アマチュアの物書き、あるいは結構ガチな自転車乗り」なので、とても共感する。


今回の「職業としての小説家」で僕が食い入るように読んだのは、書き直しの部分だ。
というよりも、僕がちょうど3冊目の本の書き直しをずっとやっている時にこの本を読んだので、シンクロしたというか、ダイレクトに響いた。

彼は一度書き終えた小説を「もうこれ以上直すとちょっとおかしくなる」という地点に到達するまで、気の済むまで書き直す。それこそ「、」の位置までこだわって。その姿勢は、分かりやすいプロフェッショナリズムだと思うのだが、すごいのは、そういう書き直しを「一番美味しいところ」と村上春樹が表現していることだ。

僕も、本を書くときはかなり書き直す。多分最初に描き上げるための時間よりも、書き直しの方が時間をかけている。
だが、書き直しはかなり辛くて根性がいる作業だ。最初に書くときは、高揚感がある。まだこの世に誰も書いていないようなこと、自分でもこれまでうまく説明できなかったことが、ちょっとずつ文章の形で明確になる快感がある。でも、書き直しはそういうのとは無縁で、「あー、こう書くと分かりにくいかなー」「あー、この事例イマイチだなー」と、ひたすら自分の文章と向き合わないといけない。
それを村上春樹は「いつまでもやっていたい、一番美味しいところ」と言うのだから、やっぱりそれこそが才能だよね、と思う。才能とは洗練された努力のことだから。僕はそこまで楽しんではやれない。その代わり、苦しみながらやる。


書き直しのあとに奥さんや編集さんにレビューをしてもらい、フィードバックをもらう話も、示唆に富んでいた。
普通に考えると、村上春樹くらいの大家が何度も何度も書き直した原稿に対して、「ココが気に食わない」「ここはつまらない」と言うのって、かなりハードルが高い。フィードバックを受ける方だって、「俺が死ぬほど考えて書いた文章をサラッと読んだだけで、いいの悪いの言うなよ」という気持ちがあるだろう。
それでも、彼はフィードバックを大事にして、「何であれ、コメントをもらった箇所は書き直した方が、最初の文章よりも良くなる」と言っている。いくら相性が良くない編集さんであっても、コメントをもらった箇所には何らかの問題があるからひっかかるという理由だ。だから、編集さんのコメントと逆の方向に直したとしても、前よりは必ず良くなると。
これも本当によく分かる。

本人よりも内容を理解しているとか、文章スキルがある人だけがレビューする能力がある訳ではない(もしそうならば、村上春樹の原稿をレビューできる人は誰もいないことになる)。
書いた人ではない、他人であることと、率直に感想を言うことだけが、レビュアになる資格なのだ。


僕は大昔、プログラマーだった頃に、プロジェクト内でコードレビュー会をよく開催していた。その時は僕が一番すぐれたプログラマーだったが、僕が後輩のコードを見るだけでなく、僕のコードも必ず後輩にレビューしてもらっていた。レビューに使う時間は、メリットでもとが取れたからだ。

例えば、自分よりスキルが高くない人にレビューしてもらうためには、どういう意図でコーディングしたのかを僕が説明する必要があった。そうすると、自分で説明しながら、直すべき箇所に気づくことがしょっちゅうあった。
もちろん、それを聞いている後輩の方も僕のコーディングテクニックを盗むことが出来る。

さらに、後輩が読んで理解できない箇所は質問される。これは重要なメッセージだ。というのは、彼/彼女が理解できないということは、将来メンテナンスする人も理解できないことを意味するからだ。
僕は永続的にメンテナンスが必要な企業内のシステムを作っていたから、これでは保守品質が低いから直さなければならない(最低でも解説を書き添えるべき)。


僕が今書いている本も、15人くらいの人にレビューをお願いした。お客さんだったり、同僚だったり、家族だったり。みんながくれたコメントを読むと、最初はもちろんムカつく。自分が必死に半年かけて書いた本に対してああだこうだ言われる訳だから。
「○○がピンとこなかったです」⇒「いや、ここにはっきり書いてあるじゃん、ちゃんと読んでよ!」とか。
自分からレビューをお願いしたのに、酷い話なんだけどね。

でも少し時間をおいてからもう一回もらったコメントを読み返すと、確かにもとの文章は何らか問題がある。書いた本人は何度も読み返しているから気づかないだけで、普通の人が読んだら分かりにくい。何らか修正が必要なのは明らかだ・・。
という感じで、章の構成から見直したり、比喩や事例を差し替えたり、かなりの部分を書き換えた。そしてコメントをくれた人たちに深く感謝した。


今は、書き直しも終えて、編集さんに原稿をゆだねている時期だ。文章の校正や図表、本文のデザインなどをやっていただいている。
本は12月初旬に出る予定。どんな内容なのかは、またブログに書きます。

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