あるいはファシリテーションが得意なコンサルタントによるノウハウとか失敗とか教訓とか

「規律を守るのが日本組織の強み」は嘘。あるいは本当に強い組織の規律とは?

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一般に、日本の組織は規律がある、とよく言われる。たぶん、1人1人がルールをよく守る、といった意味だろう。遅刻しないとか。上司に言われたことをやるとか。そういったことが段々と緩んできている、という声はよく聞くが他の国に比べれば、まだまだきっちりしている。

だが僕は、規律が欠けていることこそが、イマイチな日本組織の最大の弱点なんでは?と、この数年で思うようになった。
この時の「規律」は、ルールを守ることとちょっと違った意味で使っているので、少し丁寧に説明したい。



★サッカーでは規律のあるチームが強い
スター選手がほとんどいないのに、強いチームがある。例外なく、規律が行き届いたチームだ。
サッカーは刻一刻と状況が変わるから「こういう時はこうしろ」というルールを作り、ひたすらそれを守ればいい、というスポーツではない。でも、長く見ていると規律あるチームとそうでないチームがあることが分かってくる。

サッカーでの規律とはたぶん、
「個人としてやりたいプレーを、チームコンセプトに優先させない」
ことだろう。
チームに細かいルールはないが、「こういう風に守り、こうやって点を取ることを目指そう」という方針はある。それを11人全員がキッチリと理解し、体現していると、チームには規律がもたらされる。
そういうチームは強い。



★規律がない組織
最近は余裕がなくなったので、「あいつもいい年だから部長にしてやろう」という話は流石に聞かなくなった。
だが、
「それじゃあ、彼の立つ瀬がないだろう」
だの
「これまでやってきたことを、形だけでも生かせないか」
だのは、仕事の厳しい局面でも、見聞きする事が多い。

こういう発想は、規律に欠けていると思う。組織の目標にまっすぐ進んでいないからだ。市場で勝ち残ることよりも「誰かさんのメンツ」を重視している。アマチュアの発想である。

この手の配慮が出来る人が、旧日本軍では人望を集める指揮官だった。きっと、人望によって兵を死地に向かわせる、という意味では有効だ。
だがそうやって旧日本軍は「戦略目的にまっすぐ向かわない組織」になっていってしまった。規律が失われたのだ。各部隊長が、部下を慮って勝手な事をやっていたら、戦略全体が噛み合わなくなる。勝てる訳がない。責任が曖昧になる、という問題もある。

残念な事に、こういう旧日本軍体質は、多かれ少なかれ今の日本組織に引き継がれている(だから昔の戦記を読むと考えさせられることが多い)。



★ヴィジョナリーカンパニーとは、規律のある会社のこと
そういう「人をおもんぱかる」以外にも、規律を守れていない様子は観察できる。
組織が掲げた戦略コンセプトに、社員が沿わない事をやっている時だ。サッカーで言えば、他の選手と歩調を合わせずに闇雲にボールを奪いに行く様なものだからだ。


「ヴィジョナリーカンパニー」は先日4巻目が発売された。どうやったら偉大な組織を作れるのか?を様々な角度から研究した素晴らしい本だが、一貫したキーワードは「規律を守る」だ。
「やると決めたことは、やる」「生き残るために必要なこと以外を厳しく諌める自制心」みたいな姿勢のことだ。繰り返し、組織に規律を守らせる経営陣が登場する。または、規律からはみ出したことで没落する企業も描かれる。

ついこの間、お客さんと来年以降の組織目標の議論をしていて
「そんな施策、あれだけ議論して決めた戦略になんの関係も
ないじゃないですか!当然後回しですよ!」
と語気荒く言ってしまった。
なぜ僕がそんな態度を取ったか言い訳をするならば、「戦略コンセプトというものは、いざ実現しようとすると、細心の注意を払っていないとないがしろになってしまうものだ」と緊張していたからだ。

「そんな施策」呼ばわりしてしまったが、この施策自体は、悪くない施策なのだ。だが一見良さそうだとしても、戦略コンセプトに沿っているか?は厳しくチェックしなければならない。沿っていなければ、あっさりと切り捨てる厳しさこそが、規律である。
(とは言え僕の話し方は、サービス業として完全に失格な感じのコミュニケーション・トーンだった・・。お客さんに戦略的規律を守ってもらうことに、もっと余裕をもって取り組めるようにならなければ・・本当に未熟だ。)



★規律の源泉
組織に規律をもたらすのは難しい。そして多くの組織では独裁者が規律の源泉となっている。
例えばよく言われるように、アップルの製品ラインナップが極端に絞りこまれていたのは、ジョブスという独裁者が自分の規律をはみ出す事のないように、睨みをきかせていたからだろう。
そうでなければ、競合に対抗するためにラインアップを増やしたくなるのが自然だからだ。

だが、組織の規律を独裁者に依存していると、独裁者が去った時にその組織は死ぬ。独裁者に依存しないならば、規律ある文化を作るしかない。
極めて難しいが。



この記事で書いてきた「規律を守る」とは、思考停止的にルールを守る事ではない。自分たちを律する規範を定め、みなが守ることである。
むしろ、自分達はどこへ向かうべきか?今やろうとしている事はそこからずれていないか?を問い続ける必要がある。思考停止どころか、とても脳みそ負荷が高いスタンスなのだ。

日本代表の監督だったオシムのサッカーが、まさにそんな感じだった。選手には規律を求める。だからこそ、考え続ける事を強く求める。

強い組織には、規律を守る文化が必要だ。

Comment(5)

コメント

木村

ルールによって縛るだけで規律を重んじない組織は緩やかな死に向かいますね。規律には理念が必要なのですが、今の日本企業の多くから理念が失われていると感じます。

ありい

こんにちは。いつも楽しく拝見しています。
今回も、とても参考になるお話でした。

一点だけ、「慮る」の読み方ですが、おもん「ぱ」かる、です(パイナップルの、パ)。
とっても不思議な語感ですが。

木村さん、こんにちは
>規律には理念が必要なのですが、
色々と書きましたが、言いたかったことはコレです。スパっと言い切ってくださってありがとうございます。

ありいさん、初めまして。
いつも読んでくださってありがとうございます。
「ぱかる」ですか。。はじめて知りました。ちなみに僕のIMEだと「ばかる」でも変換できるので、僕のように誤解している人が多いんでしょうね。

非常に興味深く読ませていただきました。
ルールをがっちり固めて、個人個人の行動を一律になるよう制御することは、組織を強くしない間違った方策だと思います。個人の力を最大限に発揮させ、それを組織の力に変える、すなわち戦略に合致した行動をそれぞれがとっている組織。これを行うことができるような「規範」を与え、人を動かすことが大事なんですね。

ブログで紹介させていただきました。
http://goo.gl/ypZzS

松田さん、こんにちは。
ブログでの紹介、ありがとうございます。
規律ある組織作りは難しいんですよね。規律がない人たちの中で1人で言ってても、単なる空気よめない奴とか、嫌なやつに見えますから。でも、組織として勝ち残れるかどうか、という観点からは極めて重要だと思います。

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