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手品のタネは法律で保護されるか?

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ちょっと前の記事になってしまいますが、手品のために日本の硬貨を加工したことが有罪とされたニュースのついでに、関係ない別の手品の種明かしをしてしまったテレビ局をマジシャンらが訴えたという事件がありました(参照記事)。手品のタネはマジシャンやマジック作成者たちが苦労に苦労を重ねて作った物ですから、これを公共の場で明かされたのではたまったものではないですよね。また手品のタネをお金を出して買った人も、買ったタネの価値が大きく損なわれることで損害を受けるでしょう。ということで、手品のタネが法律でどのように保護されるかについて検討してみましょう。

特許法による保護:
手品と呼べるかどうかは別としてマイケルジャクソンの斜め立ち用の靴が特許化されていることは以前ご紹介しました。それから、文献は見つからないのですが(見つかりました、これです)、デビットカッパーフィールドの空中浮揚イリュージョン用の装置も特許化されているようです。ということで斬新なアイデアであれば手品のタネも特許で保護はされます。しかし、ここでの最大の問題は特許の場合にはその内容が公開されてしまうことです。特許制度は新しいアイデアを公開する代わりに、一定期間独占権を与えるという制度なので、秘密のまま独占するということはできません。タネはばれてもよいので、絶対に同業他社に勝手にマネされたくないという場合にのみ利用可能でしょう。今回は、タネをばらすなというお話しなので特許は関係ありません。

著作権法による保護:
著作権は表現を保護し、アイデアは保護しませんので、手品のタネ(アイデア)を直接的に保護することはできません。タネの解説書の文章だとか、舞台装置のデザイン、マジシャンのせりふ回しやパフォーマンス等々は著作権法で保護され得ますが、手品のタネそのものは保護できません。

不正競争防止法による保護:
一般に、秘密にしておきたいノウハウや顧客リストなどの情報を営業秘密(トレードシークレット)として、不正競争防止法で保護することができます。しかし、営業秘密として扱われるためには、当然ながら機密情報として扱われていることが必要です。考案者が門外不出として弟子にしか教えていないようなタネであれば営業秘密と呼べるかもしれませんが、マジックショップで普通に売っているタネは営業秘密とは言えないと思われます。ということで、今回のケースでは不正競争防止法での保護も難しいと思います。

要するに、いわゆる知財法で手品のタネを保護するのは特定の場合を除いては難しそうです。その他の手段による保護を考えてみます。

契約による保護:
正確には法律ではないですが、当然、マジック・ショップで売っているタネのパッケージには他人にばらしてはならない旨の契約書みたいなのが付いているのではと思います。タネを買うということは、この契約に合意したとみなされるようになっていると思います。自分が買ったマジックのタネを他人にばらした人は契約違反として、マジックの販売者に対して損害賠償の責を負うでしょう。しかし、契約が有効なのはあくまでも契約を行った当事者ですから、第三者であるTV局を訴えることはできません。この場合には、マジックの販売者がTV局にネタをばらした人を見つけて(TV局ではなく)その人を訴える必要があります。これは現実にはかなり難しいでしょう。

民法の不法行為による損害賠償:
民法709条には一般不法行為による損害賠償の規定があります。

故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

ここで「他人の権利」とか「法律上保護される利益」とかは、必ずしも法律上明示的な規定がなくてもよく、かなり広い解釈が行われるています。収益をあげるべき苦労してタネを考え出したのに、勝手にタネをばらされて利益を損なったということであれば、この一般不法行為による損害賠償の道があります。今回の件も、この一般不法行為を根拠に告訴したものと思います。もちろん、裁判所がそれを認めるかどうかは何とも言えません。

ついでに言っておくと、芸能人の肖像権(いわゆるパブリシティ権とか商品化権とか言われるもの)についても、別に、法文上の規定があるわけではありません。「有名人は自己の肖像を営利目的で使用する権利を占有する」なんて法文があるわけではありません。ただ、やはり芸能人の顔写真等には商品的価値があるのは客観的事実であり、そのような商品的価値を高めるためにプロダクション等が投資してきたわけですから、それを他人が勝手に使うことは他人の利益を損なったということで、一般不法行為として、損害賠償の対象になり得るということです。

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