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仕事に絡んだ四方山話などを徒然にと思いつつも、読んで興味深かった本ネタが多くなりそうでもあります。

【雑感】言語を学ぶにあたって。。

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 先日の続きというわけでもないのですが、、何がしかの“言語”を習得するとしたら、大別して二つのケースがあるのかなと、ふと思いました。

 一つは「母国語として学ぶケース」で、その言語を母国語とする民族としてのアイディンティティを確立する一環としての場合と思います。どちらかと言うと、帰国子女などの発達段階の児童などが該当することが多いのでしょうか。

 もう一つは「外国語として学ぶケース」で、例えば日本語であれば、日本で生活や学習を行っていくのに必要な“外国語”として学ぶ場合かなと。こちらは年齢や発達段階などを意識する必要無く、あくまで生活のためのツールとしての位置付けで、アイディンティティは別途確立していることが多いかな、とも。

 そういった意味では、、学ぶ言語を“母国語”としてとらえるか、“外国語”としてとらえるのかで、その学ぶ手法は異なってくると思いますが、どちらにせよ、学ぶ人が自信や誇りを持って、日常生活を送れるような配慮が必要かなぁ、、とも。

 なんてことを考えたのは、、ちょうど息子が通う小学校にも何名か在日外国人の方がいますが、、彼らは普通に日本語で授業を受けているはずで、彼らが“母国語”をどう学んでいるのかが個人的に興味があったりするからです。

 例えば「日本語を母国語として学ぶ」のであれば、「日本人としてのアイデンティティ(国体)が根付くような内容」が求められていくかなと。個人的には、『古事記』や『日本書紀』などの日本の神話や古くからの民話などをベースとするような、「和をもって尊しとなす」といったような、“日本人らしさ”を伝えていきたいところです。

 一方、「日本語を外国語として学ぶ」のであれば、あくまでも「日本の生活をつつがなくおくれるような内容」になるかなと思います。具体的には、日常生活をおくるのに不自由のない言葉や風習、文化背景などかなぁ、、とか。

 何かしらの言語を母国語として学ぶのであれば、その言語で心の動きを認識したり、論理的な思考を行っていくことになり、これはその言語を軸とする共同体(民族や国民国家など)における“アイデンティティ”の確立ともつながっていくと思います。

 とはいえ、その言語を母国語として学ぶにせよ、外国語として学ぶにせよ、大事なのは「一人一人が、自分に自信と誇りを持って生きていける」ことが大事かなと。また、アプローチの方向は異なっていても、複数の言語(とその文化)に触れることは、“自国の文化”を踏まえた上で“外国の文化”と把握・比較するなどの、多様な価値観の認識といったことにもつながっていくかなぁ、とも。

 で、これらの受け皿となる公共機関はと考えるとやはり、、と『つながる図書館』を読みながら徒然に。

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