大量消費をボイコットしはじめた生活者視点からのインサイトメモ

「本音」で勝負は何故ダメなのか?

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2016年のアメリカ大統領選が白熱する中、トランプ候補の躍進を見て「ようやく本音で勝負する奴が出てきた」と評価した知人がいました。

僕はそのようには評価しません。

本音で勝負は何故ダメなのか?
そのような「本音(レイシズムや排外主義)」は、その人の精神の自由な働きから生まれる考えではないからです。

文芸批評家 柄谷行人氏の言葉を借りるならば:
人は「自由にふるまっているように見えても、実際は、さまざまな教育や宣伝などで刷り込まれた欲望を満たしているだけ」だからです。

柄谷行人氏の著書「倫理21」より:
・人が自由にふるまっているように見えても、実際は、さまざまな教育や宣伝などで刷り込まれた欲望を満たしているだけです。
・では、自由あるいは主体は存在しないのだろうか。カントは、それは実践的(道徳的)な次元でのみ存在すると考えました。
・カントは、自ら『自由』であること、さらに『他者を手段としてのみならず同時に目的(自由な主体)として扱え』ということを、普遍的な道徳法則としました。
・先進資本主義国家は、その『国民』の幸福のために、将来の危機において戦争を辞さないでしょうし、『国民』の間にナショナリズムを喚起するでしょう。
・そのような事態を避けるために、われわれは何かをしなければならない。
・そうしたとしても、われわれが得をすることはないし、未来の人間から感謝されるわけでもありません。
・にもかかわらず、そうすべきだということは、われわれ自身の問題です。それは、未来の他者を目的として扱うということです。




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