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生活者と流通ビジネスの循環をつくるツールとしてのITについて、日々雑感。

「クールな会社」をつくる

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私が『ザッポスの奇跡』を書いた2008年、それ以前には、アメリカでも「企業文化」が経営戦略のトピックのひとつとして語られることはあまりありませんでした。

だからこそ、その年の5月、ラスベガスで行われたテクノロジー系のカンファレンスで、ザッポス社のCEO、トニー・シェイが彼独特の静かな、それでいて熱い信念のこもった口調で、「企業文化が経営の最優先事項だ」と語るのを聞いた時、私は目の前で火花が散るような強烈な衝撃を受けたのです。

その後、アマゾンに買収されたことも影響して、ザッポスは米国内のみならず世界的にも有名な会社になりました。そして、「経営戦略の要としての企業文化」が、それまでにはない新しい枠組みの中で、かつ切迫性をもって語られるようになったのです。

今では、アメリカのビジネス誌の中で、「企業文化」がトピックとして取り上げられることは珍しくなくなりました。また、社員が共有すべき中核的価値観(「コア・バリュー」)を定め、日々のビジネス活動の基盤とする会社も、もはや特例ではなくなってきています。「貴社の企業力の要は」と問われて、「企業文化です」と答える経営者も多くなってきました。

しかし、それでも、世の注目を浴びる会社の多くは新進のテック企業です。古くはグーグルを筆頭として、テック企業の奇抜なオフィス空間、従来型産業には珍しい福利厚生制度、豪華なアメニティ(設備)は一般紙やテレビにも頻繁に取り上げられて、世間の人の羨望を買っています。

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「未来の企業(職場)」のあるべき姿としてテック企業がメディアに取り上げられるのを目にするたびに、実は、私は複雑な想いを禁じえません。話題性豊かなテック企業の制度がメディアに取り上げられ、「企業文化」や「働きやすい職場」や、「社員が力を十二分に発揮できる環境づくり」に対する注目や関心が高まるのはけっこうなことだとは思います。しかし、「何が『優れた企業文化』や、『社員が働きやすい/働きたい会社』をつくるのか」ということに関して、より真髄をついた探究が必要だと思うのです。

例をあげて言えば、「豪華なアメニティや社員サービス」が、「優れた企業文化」や「働きやすい職場」をつくるわけではありません。また、「社員が伸び伸びと働ける会社」、「各自の創造性を発揮できる会社」をつくりたいからといって、服装を自由にするとか、社内でスケボーができるようにすればよいかというと、そういう問題でもありません。

テック企業の「ある種奇抜な文化」だけが、「先進的な企業文化への取り組み」の例としてスポットライトを浴びることは、より保守的な業界でビジネスを営む人に疎外感を与えてしまうという危険性を孕んでいます。『ザッポスの奇跡』についてよく講演を行っていた頃、必ずといっていいほど、こういうコメントや意見を聞くことがありました。「うちはテクノロジーの会社ではないから、ザッポスみたいなことはできない」。このような意見に対して、私は、「ザッポスが具体的に『何を』しているかではなく、彼らが『どのような考え方をしているか』を学んでください」とお話するようにしていました。

ザッポスのように、「パレード」と称して社員が社内を練り歩いたり、社員が思い思いに自分の机を飾り付けたりすれば、ザッポスのような成果が出るか、というとそうではありません。私の会社では、米国企業を中心に100をゆうに超える会社のコア・バリューを集めて記録していますが、ザッポスと同様、多くの会社が「楽しさ(Fun)」をコア・バリューに掲げています。しかし、誰もが「楽しさ」をザッポスと同じように表現するかというと、そうではありません。会社はそれぞれ違う。経営者と社員が頭を突き合わせて、「自分たちにあったやり方」、「わが社ならではの表現方法」を模索し、自分たちの手でつくりあげるからこそ、結束が強まったり、エンゲージメントが高まったりなどといった効果が出るのだと思います。

毎日のように、優れた企業文化をもつ会社、社員が生き生きと、幸せに働いている会社の事例を見つけます。そして、そういった企業の例は、多種多様な業界や業種にまたがり、また、規模も問いません。いわゆる「地味な」産業において、創意工夫を凝らして、「唯一無二」の文化を築いている会社、地域社会に貢献して、愛されている会社の事例を見つけるたびに、心が高揚し、勇気づけられます。最近、国際的にも暗いニュースが多いですが、「人間社会も捨てたものではない」と思わされます。

先日、シカゴで行われたカンファレンスに出席した際に、地域の学校(初等~高等教育)で起業家教育のプログラムを運営している非営利団体の人と話をする機会がありました。彼女の話だと、最近の子供たちは、口を揃えて「グーグルで働きたい」と言うそうです。また、グーグルでなくても、「テクノロジーの会社で働きたい」という子供が断然多いのだそうです。その理由は、「クールだから」ということらしいです。「クールな(カッコいい)企業」として報道されるのは、もっぱらテクノロジーの企業だからですよね。なんだか、少し寂しいような気持ちになりました。

「社員のため、顧客のため、社会のため」を掲げ、やりがいのある職場をつくり、心を打つ素晴らしいサービスを提供して、世の中のためになることをしている会社はたくさんあります。それも、規模が10人くらいの会社から、100人、1,000人を超える会社まで、様々です。レストラン業もあれば、ホテル業も、小売業も、運輸業も、清掃業の会社もあります。「クールな会社」は、テクノロジーの業界に限らず、巷に溢れているのです。

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アメリカの有名どころだとサウスウエスト航空、小売業(スーパー)のトレーダー・ジョーズ、アウトドア用品のパタゴニアなどが頭に浮かびます。日本の例を挙げると、『カンブリア宮殿』にも取り上げられた長野中央タクシー。「お客様の尊厳を守る」ことを考動指針に掲げて真心のこもったサービスを提供し、地元のお年寄りや身体の不自由な利用者から、「生きる勇気を与えてくれる」と感謝される会社です。いずれも、とてもクールな会社だと私は思います。

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これらの会社に共通するのは、事業を通して社会に貢献することを目的(使命)に掲げ、それに心から賛同する人、共通の価値観を分かち合える人たちが集まって、日々、情熱をもって仕事をしていることです。売上や利益は会社を存続させ、本来の目的を達成するための手段にすぎない、というスタンスを取りながら、同業種・業界の平均をはるかに上回る勢いで成長していることも、これらの会社に共通のパラドックスでもあります。

子供たちが、仕事というものに夢を抱ける世の中をつくりたいですよね。そのためには、私たち大人ががんばって、業種や規模に限らず、「クールな会社」を増やしていかなくてはと思います。

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