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自費出版が笑う日-「デジタル」が変える出版業界

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電子書籍フォーマットにおける自費出版が、歴史と定評をもつ大手出版社に脅威を与えている。

勿論これはアメリカの状況であり、まだ、日本の状況を反映するものではない。「まだ」と書いたが、それは、日本にも同様な状況がまもなく訪れると私が確信しているからである。

米 国時間の昨日、アマゾンが発表した『電子書籍売上上位50冊』の図表には山が二つある。一つは、13ドルで売られている書籍の山。これが50冊中16冊を 占め最も多い。二つ目の山は価格が1ドルかそれ未満のもの。50冊中12冊を占めるのがこの山で、図表中二番目に高い山になっている。

13ドルで売られている書籍の山は、歴史も定評もある大手出版社から発行されている、いわゆる「ベストセラー」の山であると考えていただければまず間違いない。そして、二番目の山は、ここ一、二年の間に隆盛してきた、「無名作家」による自費出版の山である。

例 えば、ケンタッキー州ルイビルに住む「アマチュア作家」、ジョン・ロック氏は、アマゾンのキンドル・ストアでミステリー小説を一冊99セントで売り、一月 12万ドルの収入を稼いでいる。アマゾンの自費出版では、著者の取り分35%に対してアマゾンの取り分は65%。つまり、ロック氏の懐に入るのは1冊あた り35セントということになる。1冊あたりの収入はすずめの涙ほどだが、売れる数が半端ではない。かつては「蔑視」されていた自費出版作家だが、電子出版 とソーシャル・メディアという二つのプラットフォームの活用がこれらの作家たちにいまだかつて無いパワーを与え、従来型の大手出版社を脅かしている。

か つて、大手出版社の後ろ盾を受けたベストセラー作家と、自費出版ベースの無名作家の作品が同じ棚に並ぶことはなかった。しかし、今日では、電子出版とソー シャル・メディアという二つのプラットフォームが、書籍流通という競争の土俵をフラット化したのだ。かつては、大手出版社の莫大な流通網とマーケティング 予算がなければ、作家は人の目に触れることができなかった。今では、自費出版作家も、ベストセラー作家と同様のスポットライトを浴びることができる。

も ちろん、自費出版作家に苦労がないわけではない。自らの本をプロモートするために作家が行う作業は、デジタル時代の行商に等しいものだ。前述のロック氏 は、ツイッターとブログを駆使して作品の露出を高める。週数百件にものぼる読者からのメールに自ら答えるという地道な活動である。『ザッポスの奇跡』の旧 版を自費出版した際に私も同様な経験をしたので、その大変さは身に染みてわかる(もっとも、私の本はロック氏のように商業的成功を収めているわけではない が・・・)。

我々生活者が、過去の感覚でいうところの「アマチュア・クリエーター」であるブロガーの書き物やYouTubeの動画に慣ら されていることも、ロック氏のような自費出版作家台頭の要因のひとつだろう。かつては、大手出版社の名前そのものが信頼のしるしであり、品質の保証であっ た。ブロガーやYouTubeのアルファ・ユーザーがプロ顔負けの仕事をしている今日では、大手出版社の「お墨付き」は既に神話と化した。

月 収12万ドルに値する読者をもつロック氏は、もはや「無名作家」ではない。映画化や翻訳化の話も舞い込むという。当然、従来型大手出版社からのオファーも あるだろう。だが、自費出版をやめる気はないという。どんな本を書くか、どんなキャラクターにするのか、そして、いつ出版するのか・・・、そういった諸々 のことに関する「自由」を諦めたくないからだ。

どんなものを、どんな風にマーケティングしたら売れるのか・・・。それが、プロの供給者 (製造業者、出版社、音楽レーベル等など)だけの秘密であった時代は終わったことを実感させる話である。そして、それは出版業界に限った話ではない。「売 り手」と「買い手」が存在するいずれの市場にも、今後、同様なことが雪崩のように襲ってくるだろう。


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