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エコシステムとしてイノベーションを成功させたい ── 『ワイドレンズ』を読んで

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電子書籍端末の市場で、なぜソニーのリーダーが失敗し、アマゾンのキンドルが成功したのか。キンドルは「間違いなく工業的に醜い」と言われながらも成功を収めた。アマゾンのCEOジョフ・ベゾス氏は「キンドルは製品端末ではなく、サービスである」と新しいビジネスモデルであることを強調したがそれだけだろうか。ソニーはリーダーをサービスビジネスとして見ていなかったわけでは決してない。

いったいソニーの経営者には何が見えていなかったのだろうか。ソニーの経営者は何を過小評価してしまったのか。

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ワイドレンズ
~イノベーションを成功に導くエコシステム戦略~
ロン・アドナー(著)、清水勝彦(監訳)
東洋経済新報社より


一企業として実行できることは限られている。出来上がった市場においてはとくにそうだと言えるだろう。これはイノベーション(革新=古いものを再構築する)にはらむ見逃せない制約要因であることを再認識しておかないといけない。──大きな会社や社歴の長い会社は要注意じゃないだろうか。

「ワイドレンズ」とは、企業がエコシステム全体の管理者として視野を広げることを意味している。エコシステムとは文字通り「生態系」だ。ユーザーに商品・サービスが届けられるまでに、自社が果たす価値連鎖だけでなく、生産者や代理店などの様々な企業の果たす補完的な役割に目を配れというもの。



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このエコシステムにおいてとくに見逃せないのが、コ・イノベーションのリスクアダプション・チェーンのリスク。コ・イノベーションのリスクとは自社のイノベーションが成功するために、他社のイノベーションが必要になるというもの。アダプション・チェーンのリスクとは、エンドユーザーが提供価値を受け容れるまでの過程において誰かが受け容れを阻む可能性があることをいう。

先のソニーの例でいえば、エコシステムに参加している出版社の態度がリスクであった。出版社はどうやって電子書籍をビジネスにするか、態度を決めかねていた。値付けはどうするか?、著者への印税の支払いはどうするか?、契約の文言はどうするか?、利幅はどうなるのか?などの課題があるからだ。これらが解決しなければ、ソニーに協力するはずがない。──アダプション・チェーンのリスクとして分析した事象であり、本書にはこれ以外の事象も上げられている。

コ・イノベーションとアダプション・チェーンのどちらの存在も、自社の成功には外的な依存関係がリスクとして内在していることを示している。このリスクの意外なる大きさを知るには、単純に成功確率の計算をしてみると分かりやすい。成功確率は、お互いの成功に依存しあっているという点で、複合確率の計算式で求められる。例えばこうだ。

自社の成功確率=自社の中心課題の成功確率(80%)
        ×パートナーのイノベーションの成功確率(50%)
        ×パートナーのアダプションの成功確率(50%)
       =20%

これを見ると、自社の担当範囲をいくらがんばって成功させても、パートナーを成功させなければ、結果的に成功確率が著しく落ちてしまうことがよく分かる。成功確率20%という数字から明かなように、コ・イノベーションのリスクやアダプション・チェーンのリスクを放置するといかに複合確率が落ちてしまうかを端的に示している。

新しいことを始めるとき、企業経営者はとかく実行の中心課題に専念しがちだが、ほんとうはエコシステム全体に目を配り、パートナーを成功させるよう導くことに知恵を絞らないといけないのだ。



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ふと、調整ごとや根回しの得意な日本企業がなぜエコシステムの発想を必要とするのか、皮肉な思いがよぎらないわけではない。かつても味わったような気がするが、「分かっているのに海外のコンサルタントから教えられる」妙な気分をなぜか感じる。そもそも、日本企業の管理者が、パートナーのコ・イノベーションのリスクやアダプション・チェーンのリスクについても見えていないわけではないと思うからだ。

それでもやっぱり謙虚に捉えるならば、見ている方向が内向きに偏ってしまっていることを懸念したい。とくに年度計画の策定時期ともなると、大きな企業では社内の調整に大きく時間を取られているのが実情だろう。とくに中間管理職は大変だ。改めて思うが、社内調整は中間管理職の大事な仕事なのだろうか?と。

課長、部長ともなれば会社の外的な依存関係の重要さは分かっているはずだ。それでも社内の調整に埋没すれば、外的な依存関係は自ずと聖域のようになっていくのではないか。中間管理職に調整という役割を負わせるのは、ある意味、エコシステムの変化に鈍感な体質を作り上げてしまうのではないかと懸念を感じている。

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