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ビジネスを創る変える人たちと。ブックレビューと生活雑感をシェアしたい

IT市場で事業開発をする方向けの参考図書

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IT市場に関連して事業開発をする人向けに、アイデア出しや戦略検討において役に立ちそうな参考図書を紹介する。

選んだのは昨今の潮流を考えさせてくれる情報が詰まっており、ブレストや議論のネタとして面白いと思われた、事例ベースのビジネス書だ。ノウハウ紹介を中心としたいわゆるノウハウ本はアイデアの探索や構想に直接利かないのでここでは選んでいない。

お勧めは社内でこうした本を課題図書にした勉強会を開くこと。本を情報源とし、「先生がいない」状況で自ら問いを発し、自らアウトプットする勉強会ができれば、探索力や構想力の鍛錬に効果的だ。

とりあえず各本について、勉強会を想定し、問いの一例を挙げてみた。レベルは3段階の難易度を示しており、☆★★(易)、☆☆★(中)、☆☆☆(難)とした。

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小倉昌男 経営学
小倉昌男(著)

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小倉昌男氏は「クロネコヤマトの宅急便」を創業された方。既に亡くなられているが、ヤマト運輸の経営者としてこれを書かれた。かなり古い話になるがその宅急便が生まれたのは1976年。1976年はアップルコンピュータが創業した年でもあり、IT産業が産声を上げた頃といえる。

小倉氏は宅急便を始めたとき、周りの役員は反対したが、配送より集荷に力を入れた。集荷は営業だからだ。酒屋やコンビニを集荷の拠点網として作り上げようとした。それでも悲しいかな初日の集荷数は2個だったという。

ポイントはこの当時、運送サービスという形の無いサービスをパッケージ化してスケールを追求しようとしたことだ。つまりサービスのモデル化を図ったという点で画期的だ。この当時はまだビジネスモデルという言葉は無かったが、宅急便はその原点とも言える事例だろう。

とにかく小倉氏がまとめた「商品開発要綱」は感動的だ。これはビジネスをモデル化する要件を非常にシンプルにまとめている。小倉氏がいわゆるたたき上げの経営者には無い洗練された表現者の一面を持ち合わせていることを強く感じる。

ビジネスモデルを開発しようとしている人には、本書が温故知新の出会いになるだろう。

【問い】 サービスをモデル化するというのは 市場にとってどんな意味があるのか。 経営にとってどんな意味があるのか (レベル☆★★)

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フリー 〈無料〉からお金を生みだす新戦略
クリス・アンダーソン(著)、小林弘人(監修)、高橋則明(翻訳)

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この真っ青な表紙に目を奪われた方も多いだろう。3年ほど前の刊行で、書店に平積みされていたときの印象を今でもよく憶えている。

「情報はタダになりたがる」というフレーズは、その頃起き始めていた無料化をなんとか見過ごそうとしていた人には大きな一撃になった。そう、フリーは二流三流の会社が藪から棒に始める印象が強かった。フリーは傍流がやることで主流派がやることではない、というのが当時の風潮。

著者のクリス・アンダーソン氏はフリーを新しい価格理論として、あるいは新しいビジネスモデル論として提唱した。フリーを脅威として捉えるのではなく、積極的に機会として捉えるべきだと。

しかし経営的には脅威を機会としてとらえ直すというのは実に難しい。逆風を順風と思うには自らの立ち位置を変えなくてはならないからだ。多くのSI事業者がクラウドを機会と思い切れない事情とよく重なる。

本書はフリーのビジネスモデルを4パターンに分類整理している。その中には「フリーミアム」モデルや広告モデルも入っている。フリーを戦略としてとらえ直す検討をするときは、この4パターンが選択肢を増やしてくれるだろう。

【問い】 フリーのビジネスモデルの4パターンを分かりやすく描き直せないか。 4パターンに通底する要件を3つ挙げてみる (レベル☆★★)

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600万人の女性に支持されるクックパッドというビジネス
上阪徹(著)

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クックパッドは女性にはおなじみの方も多いだろう。料理レシピサイトだ。「600万人の・・・」とあるが、現在会員数は1000万人を超えている。またレシピ件数は120万点を超えている。

クックパッドの創業は1998年。創業した頃はお金が無く、集客が増えてもサーバー増設ができないので、検索サイトで上位ランクにならないよう工夫をしたという。これを読み、「フリー」のビジネスモデルが収益を確立するまでの経営者の葛藤がまざまざと感じられた。

私はこの点でもクックパッドが広告モデルに依存しきらずビジネスモデルを発展させてきたことに共感する。「フリーミアム」でも稼いでいるからだ。

この葛藤はフェイスブックの葛藤にも通じるものがある。広告ビジネスは消極的選択だったのだ。手っ取り早い選択肢であって長く続く選択肢ではない。フェイスブックは広告ビジネスに依存しているグーグルのようには成りたくないにちがいない。私の妄想だが、広告モデルに依存しすぎることは、経営者の良心を曇らせる原因を孕んでいると感じるからだ。━━ある意味、クックパッドのビジネスモデルはフェイスブックにとって、いずれベンチマークになるのではないか。

クックパッドは「料理を楽しみにすることで心からの笑顔を増やしたい」という理念を掲げている。フェイスブックは「人々の生活の質、とりわけ社会的生活の質をよくしたい」といった理念をもっている。両者の理念にもまた共通したものを感じるが、これらの理念を実現した暁には、もっともっとフリーミアムへのシフトが進んでいるのではないか。

【問い】 「収入のないビジネスモデル」なのに成長が強く期待される(周囲が放っておかない)ためにはどうすればいいか (レベル☆★★)

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ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる
ピーター・ドラッカー(著)、上田惇生(翻訳)

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ドラッカーは読んだことがあるだろうか。自身の将来につながる価値観や未来観を磨く上でドラッカーは最低読んでおいたほうがいい。ドラッカー氏は経済学者だが、未来学者とも社会形態学者とも呼ばれたように、非常に長期スパンでものを見ていた人。

本書は2002年刊行と既に10年前のものとなるが、決して古びていない。ネクスト・ソサエティとは文字通り、「未来社会」だ。ドラッカーは経済よりも社会を大事に考えろと警鐘している。われわれビジネスパーソンはついつい経済の動きばかりを追いかけてしまうが、社会の変化に気付かないと大きな変化を見失うという警鐘である。

例えばグーテンベルクが起こした印刷革命は産業革命につながっているという。印刷革命は1450年代に起き、産業革命は1770年代。この300年あまりの間に次々と社会革命が起きている。聖書の大量印刷、宗教戦争、国家による軍隊の組織化(印刷物が組織化を容易にしたのはいうまでもない)、文学の大衆化などがそうだ。

ドラッカーはまたIT革命を重視している。IT革命が印刷革命が社会革命を起こしたのと同じように、これから様々な社会革命を引き起こすだろうということが予感される。本書はIT産業に関わる者にとって視点を一段も二段も高く引き上げてくれるだろう。

【問い】 例えば10年後(50年後)、自分たちはどんな働き方をするようになっているか。そこではどんな強みが求められ、そこに近づくためには何から始めたらいいのか (レベル☆☆★)

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ゲーミフィケーション ― <ゲーム>がビジネスを変える
井上明人(著)

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ゲーミフィケーションとはコンピュータゲームに使われてきた様々なノウハウを実社会の活動に応用することを言う。本書を読みながら、何がゲーミフィケーションで何がゲーミフィケーションではないのかを考えるといい。きっとゲーミフィケーションの要件が浮かび上がってくるはずだ。

例えばポイント制はゲーミフィケーションか?答はNo。お金やお金に準じたインセンティブは外発的動機とされ、ゲーミフィケーションの趣旨から外れる。ゲーミフィケーションは基本的に内発的動機に働きかけて、参加者にゲームに参加するようし向けなくてはならない。

この点で、マーケッターやビジネスモデラーたちがゲーミフィケーションに大きな注目をしているのだ。

ゲーミフィケーションには、参加者をゲームに埋没させるあるいは依存させてしまうとの批判も一部にあり、どんなビジネスにも受け容れられるとは考えにくいだろう。だが、ゲーミフィケーションが市場にもたらす潜在的可能性はとても大きい。

口悪い言い方になるが「供給側にとって都合のよい消費行動を起こさせる」にはゲーミフィケーションが向いている。あるいは商品のライフサイクルを加速させる(短くさせる)上でも、ゲーミフィケーションは多いに役にたつだろう。

今後、様々な市場が消費者起点で再構築されるようになると思うのだが、ゲーミフィケーションは供給側が消費者心理を操作しうる、非常に強力な影響要因として残り続けると思う。

【問い】 ゲーミフィケーションによって○○市場の構造(ユーザー、商品)はどう変わるか。○○の例として「教育」「観光」「アウトソーシングサービス」「出版」「農業」などなんでも (レベル☆☆★)

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スペンド・シフト ― <希望>をもたらす消費
ジョン・ガーズマ(著)、マイケル・ダントニオ(著)、有賀裕子(翻訳)

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アメリカ人の消費行動がリーマンショックのあった2008年ぐらいから変化してきていると言う。著者の一人、ジョン・ガーズマ氏は、ヤング&ルビカムという大手広告代理店でチーフ・インサイト・オフィサーを務めている。電通みたいな会社の調査研究部門のトップだと思えばいい。それ故に、データオリエンテッドなアプローチは説得力がある。

スペンド・シフトとは文字通り、消費行動の変化。アメリカ人たちが節度を重んじるようになり、効率を意識するようになったという。また連帯感を気にするようになり、ローカルな消費が増えたという。また生産プロセスにも関心を払うようにもなってきた。

このことは、とくに生産財を売っている会社、B2Bの商材を売っている会社にとっても着目すべきだろう。消費者が生産プロセスに関心を持つようになってきたというのだ。日本でも少し前から部品メーカーがCMを打つようになってきている。始めは妙だと思ったものだが。最近は工場見学が流行るようになってきている。建設現場を見せるゼネコンや住宅メーカーも増えた。

【問い】 ネットが加速してきたグローバル化や効率化の動きを否定せず、「スペンド・シフト」が進むと日本などの先進国の経済活動はどんな姿になっていくか (レベル☆☆☆)

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アップル、アマゾン、グーグルの競争戦略
雨宮寛二 (著)

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アップル、アマゾン、グーグルといえば誰でも知っている超有名企業で、現代のIT産業のメーンストリームを成している企業だ。トヨタには世話になっていなくてもこの3社のいずれにも世話になっている方は多いのではないか。

IT産業のメーンストリームの構成を知るという意味でも本書はたっぷり情報を与えてくれるだろう。アップルはどんな会社?アマゾンは?などと改めて考えてみるいい機会だ。

例えばアップルはデザイン性にすぐれ体験的価値を訴求するのが上手い。

アマゾンといえばロングテール。ロングテールな商材にリーチすることや、あるいは流通革命を起こしたという点でリアル世界にリーチするという点はすごい。

グーグルはどちらかといえば技術力、データベース力に秀で、この点でアップルが右脳訴求なのと対極的で左脳訴求なイメージがある。

あるいはネットワーク外部性に関して3社はどうだろう。これには創出する立場と便乗する立場とがあると思うが、グーグルと他の2社の立場は違って見える。

この3社を分析し、また統合的な観点からIT産業を見直してみると、何が実現され、何が未実現なのかがいろいろ見えてくるはずだ。本書はIT産業の未来を描くに有益なケーススタディの書になるだろう。

ちなみにフェイスブックのようなSNS市場も安直に考えられそうだが、これから実現される市場はまだ他にも沢山残っているはずだ。SNSも一つの市場セグメントにすぎない。大事なのはセグメントを切る大きな方向性を見いだすことだ。

【問い】 IT産業には、この3社のドメインと棲み分けられる、どんな未実現のドメインが残されているか (レベル☆☆☆)

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勉強会をぜひ

参考までに勉強会の企画イメージを載せておく。勉強会を定例化できればアイデアの探索力、構想力を養う上でこの上ない。もともと企画に向いた人はそういないが、向いた人は自ら名乗り出てくる。誘い過ぎるのは禁物。集客の難しいことを憂う無かれ。自主的に企画すること、自主的に参加することがポイントだ。

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以下は留意点。

●運用上の留意点

【“批評しない”というルール】 勉強会では他者の意見に対して、かつ書籍の内容に対しても、批評的な立場を取らないよう、ルールとして徹底したい。理由の一つは、短時間の勉強会の中で正誤の検証が難しいため。もう一つは、意見を否定するより深掘りしたり発展させるほうが、生産的な雰囲気が醸成されるため。

●参加者・募集方法

参加者は自発的な動機で集まった人たちで構成するようにしたい。告知や勧誘は必要だが、参加を命令したり特別待遇したりしないようにする。「(上司から命令されたので)仕方なく参加した」「(お願いされたから)参加してあげた」「(大人しくしているので)教えて下さい」は、雰囲気にマイナスになる。・・・かなりマイナスになる。

募集するときは、できれば毎回、テーマをベースに参加者を集めたい。参加者は本来、流動的でかまわない。いつも決まった参加者で構成するよりも、毎回新しい参加者が含まれるほうが開放的な交流が進む。

勉強会の中では、組織や年功の上下関係が意識されないようにしたい。水平的な意見交換を通じて、自由な発想が刺激されるため。この勉強会が、外部研修ではなく同じ社内で行われることから、とくに要注意と思われる。

●その他

勉強会の後に懇親会を続けて行うのも効果的。勉強会でホットになるので余熱は懇親会で発散したいだろう。懇親会だけだと息抜きにしかならないが、勉強会の続きで行われることで、より発展した意見交換が進むことがある。

以上

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