人生への贈り物

ソーシャルネットワークの未来は誰にも分からない

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今から20年近く前に出版された「コンピュータ帝国の興亡(ロバート・X・クリンジー著/藪暁彦・訳)」は、数あるIT業界の読み物として最高傑作のひとつだと思います。

Ktk

たぶん30回以上は読んでいると思うんですが、先日もまた久しぶりに読んで、いろいろと考えさせられることが数多くありました。

その中で1つ紹介したいのですが、ロバート・X・クリンジーはこの本の上巻で、情報テクノロジーの進化と普及についてこう述べています。

社会が新しい情報テクノロジーを日常生活に取り入れるまでには、およそ30年かかる。(中略)

それらのテクノロジーはすべて、もともと想定していなかった方法で利用されたときに最も大きな成功を収める。

今、私達の生活に溶け込んでいる情報製品の多くが、発明された当初は全く違った利用方法を想定されていたと著者は述べます。

ラジオは当初、無線機にとって替わる製品として期待され、テープレコーダーは口述記録の道具として考えられていたそうです。しかしラジオはやがて、ある時代に最も影響力のあるマスメディアとなり、テープレコーダーは音楽を楽しむ製品として最も成功を収めました。

電話を発明したグラハム・ベルは、彼の発明を、離れた場所にいる人々に音楽を効かせる道具として想定したそうです。当時の社会では、遠く離れた場所にいる人同士がリアルタイムに会話をするなんて、SFとしてさえ全く想像できないことだったようです。

そういえば、コンピュータも昔は「電子計算機」と訳されていました。コンピュータの黎明期には、多くの人がコンピュータの用途を「計算の速い機械」として考えていたことは間違いありません。

携帯電話はまだ普及して15年程度のテクノロジーですが、当初は誰もが持ち歩ける電話として考えたでしょう。今のように音楽を聞いたりゲームをしたり、はたまた何処かにチェックインしたり。なんて考えた人はほとんどいなかったと思います。

さて、そういった意味で、いま注目したいのがソーシャルネットワークサービスです。最近ではソーシャルメディアとかソーシャルネットワークと言われますが、去年くらいまではSNSと言われていました。同じ価値観や興味を持つ人がネットで繋がって情報交換したりコミュニケーションを行う。それがSNSの機能だと私は考えていました。

しかしFacebookなどが目指そうとしているソーシャルネットワークの未来は、とてもそんなレベルで収まるものではないように思えます。

この先に一体、何が待っているんでしょうか。
たぶん私たちはまだ、想像すらできていないと思います。

幕末に黒船がやってきたとき、実際のところ、それを見た日本人の多くはそれが「船」だと全く思わなかったという話があります。鉄で出来た蒸気船で走る「船」という概念が人々になかったため、それが当時の日本人には「船」だとはどうしても認識できなかったようです。

私たちが目にしている今のソーシャルネットワークも、10年後、20年後には全く考えもつかなかった利用をされているかもしれません。

Mz

参考記事:黒船は見えなかった(平成義塾大学)

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