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EUの個人情報保護に関する歴史的背景の体感(後編)

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前回からだいぶ時間が経ってしまいました。

中編では、ポーランドの旧アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所を訪問した際の話を記載しました。後編では、ナチスが行った600万人とも言われる虐殺、このような大量の虐殺を可能にした個人データとその利用について見ていきたいと思います。

帰国後、手に取った本は、「IBMとホロコースト―ナチスと手を結んだ大企業」。IBMに勤めていた私には、インパクトのあるタイトルでした。この本の存在は知っていたものの、約480ページもある分厚いハードカバーの本なので尻込みしていました。タイトルから勝手に受けていた印象は、100年以上の歴史を持つIBMの歴史の中では、死の商人として振舞っていた時期もあるのだろうな、といったものです。

帰国後、初めて内容を読み、当初想像していた以上にIBMがホロコーストに大きな役割を担っていたことがわかりました。序論に、
「ドイツ人は常にユダヤ人の名簿を持っていた。ある日突然、恐ろしい形相のSS[親衛隊]の一団が街の一角に乱入し、名簿に載っている者は明日東方への移住のため駅に集合するように、との通達を張り出していくのだった。しかしその名簿をナチはどこで手に入れたのか。何十年ものあいだ、誰にも分からなかった。疑問を呈した者も少なかった。」
とあり、
「答えは、IBMドイツの人口調査システムと、類似の高度な人口計数・登録技術である。」(p.18)
とされています。

ホレリス機器とパンチカードによるユダヤ人の選別

IBM(International Business Machines)の前名称はCTRですが、そのCTRはハーマン・ホレリスが発明した国勢調査用のパンチカードとその選別機(ホレリス機器)を主力製品とする企業体でした。このCTRの舵取りにトーマス・J・ワトソンが就き、パンチカード製品で世界市場の90%を支配する企業へと成長させ、IBMとして世界に名前を轟かせます。ドイツでは、ホレリス機器の特約店であったデホマクがIBMの子会社として持続することになります。このデホマク(IBMドイツの位置づけ)が、ナチスに対してユダヤ人特定のためのソリューションを提供してきたとのことです。

特に1939年の75万人に及ぶ国勢調査員がドイツ全土を一斉に調査した際には、8000万枚のパンチカードが実際に使用されたようです。

パンチカードには複数の情報を持たせることができました。それは、国勢調査の際の住民登録だけではなく、強制収容所においてもユダヤ人の管理のために利用されています。
「囚人はホレリス式カードによって識別され、そこには国籍、生年月日、既婚未婚の別、子どもの数、収監理由、身体的特徴、職業上の技能といった情報が、それぞれの列に開けた穴で記されていた。16のコード分類が穴の位置によって列3と列4に並べられていた。穴3は同性愛者、穴9は反社会的分子、穴12はジプシー(ロマ)を意味した。穴8がユダヤ人である。(中略)  列34は「退所理由」という項目だった。コード2は単に他の収容所に移送されて労働を継続することを意味した。自然死はコード3。処刑はコード4。自殺がコード5。不吉な番号であるコード6は「特別処置」と表示された。この用語は普通、ガス室・絞首・銃殺のいずれかによる集団処刑のことと理解されていた。」 (p.31)
IBMだけがホレリス機器の設定を変更でき、パンチカードの穴の位置を調整できるなど、メンテナンスをほぼ毎月行い、ナチの職員たちにこの複雑なシステムの使い方の研修も施した、とされています。

個人情報の取扱いとソリューションの提供

様々な事実からIBMがユダヤ人特定のためのソリューションを提供してきたことは、間違いのないことだと思います。ただ、ナチスやホロコーストとの関連を無視すれば、IBMが現在も実施している顧客へのアプローチと同じです。科学技術をソリューションとして仕立て、顧客の課題を解決していく。そこに倫理がなければ、再び同じことが起きることに疑問はありません。

個人の情報と科学技術が何百万という人々の絶滅に利用されたという悲惨な歴史から、私たちは多くのことを学ぶ必要があります。個人情報を取り扱う企業では、取得しようとしている情報は本当に必要なのか、その情報をどのように活用し、どのように守るのか、ソリューションを提供する企業では、自分たちの提供するソリューションが何に利用されるのか、細心の注意を払う必要があります。

企業である以上、利益が出るビジネスの推進を組織の個人レベルで止めることは難しい面はあるかもしれません。ただ、企業人である以前に、人としての感覚が求められています。情報を取り扱う仕事に携わる人間は、無感覚と無関心から離れ、自らの倫理観に常に照らしあわせて行動することが求められるのだと感じています。もっと言うと、その倫理観を常に磨いていなければ個人情報を取り扱ってはいけないのかもしれません。

情報を取り扱う仕事をしている自分にとって、旧アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所の訪問は、仕事への心構えを問いかけられる貴重な機会となりました。

ビルケナウ
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