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電子書籍普及私案と私見 〜楽天koboの迷走から感じたこと

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 電子書籍の到来が叫ばれて久しいですが、日本では迷走しているように感じます。

 鳴り物入りで始まった楽天koboですが、サービス開始当初から不具合で「炎上」が起きました。

 ●楽天の電子書籍リーダー『kobo Touch』が不具合だらけでユーザーの不満爆発 クレームの書かれた1000件のレビューが削除

 三木谷社長は、インタビューで強気の態度を貫いています。「一部のユーザーが騒いだだけだし、予想以上にコンテンツは売れている」との見解です。

 ●楽天kobo、波乱の幕開け 三木谷社長の反省と強気

 今回のトラブルは、エンドユーザー向けのデバイスの「初期不良」の様なものです。販売元メーカーとして、三木谷社長の見解は、責任感が不足しているように感じますね。ただ、まだ1ヶ月ですから正否の判断は留保してもよいでしょう。

 私自身は、その内、触ってみようと思いながら、まだkoboを手に取らずにいるのですが(これだけ評判が悪いと購入する気持にはなりませんよね。)この記事を読んで、驚きました。

 ●マガジン航 〜楽天koboの奇妙な書棚

 前半まで読んだところで、私は早合点しました。「楽天は日本のIT企業の雄だけあって、従来の書店や図書館の分類を受け入れるのをよしとせずに、市場規模などを基準に、ユーザー目線でジャンル分けをしているんだな。権威を気にしないからできることだ。でも、失敗してしまってるみたいだね。」、、、最後まで記事を読んで、衝撃を受けました、「カナダの分類をそのまま使っている!ジャンル分けについて何も考えてないんだ!!ありえねぇー!!!」

 ポピュラー音楽のジャンル分けにも国別の個性はあります。まして出版は、その国の母国語と結びついていますから、国ごとの特徴が大きくでる筈です。私見ですが、米国でアマゾンの浸透が早かったことには、ペーパーバックスという形態が小説やビジネス書(と呼ぶかどうかわかりませんが)のデフォルトになっていたことも一つの理由かなと思っていました。あれは、電子書籍リーダーに置き換えがしやすいな、と。

  Koboの分類分けを見る限り、楽天には、出版文化への理解が(しようとする姿勢も)感じられません。出版文化という言葉は大げさなので「読書習慣への理解、研究」と言った方がよいかもしれません。つまり、本を読みたい人への配慮がない。これではダメでしょう。

  例えば、アップル社は音楽を聴くというユーザー行動を理解し、ライフスタイルに提案をしました。iPodで聴くとかっこいいでしょ?iTunes Storeは便利でしょ?と。

 欧米ではデフォルトになりましたが、それでも、日本ではiTunes Storeは成功しませんでした。成功したのは、iPodiPhoneというデバイスを売ることで、iTunesというアプリを多くの人が使っていうことで勘違いしている方も多いようですが、iTunes Storeの日本の音楽配信におけるシェアは2011年も一割程度で、先進国で唯一失敗した国です。興味のある方はこちらの拙コラムをご覧下さい。

●日本の音楽配信事情2011 〜ジャーナリストや評論家に音楽ビジネスの間違った認識が多すぎる!〜


 アマゾンがkindleを日本で始めない理由はわかりませんが、出版社からのコンテンツ提供の契約がまとまらないからなのでしょう。おそらく、「ほとんどの本がある」という品揃えにならないと消費者の支持は広がらないと知っているからでは無いでしょうか?

 前述のiTunes StoreSonyMusic Entertainment等、一部の大手レコード会社からのコンテンツ提供が無く、日本で失敗した例を参考にしているのかもしれません。

  個人的には国産プラットフォームとしての楽天koboには、期待をしていたのですが、今のスタンス(虚勢?)を改めない限り、電子書籍のデフォルトになるのは難しいと思います。

 

 さて、では、日本の電子書籍市場をどう考えるか?網羅的なプラットフォームの強者が出てきていないことは、出版社にとってはむしろチャンスだと私は思います。

 突然ですが、消費者としての自分の話をさせてください。具体の方がわかりやすい気がします。僕は年間100冊くらい本を読む、まあまあ熱心な紙の書籍の読者です。数年前から読書記録を残すようになって、自分の読書ペースがわかるようになりました。オフィスのすぐ近くにある図書館も活用しています。本屋に行くのも好きなので、時間が空くと覗きます。新作などは、アマゾンで買うことも多いです。図書館とリアル書店とアマゾンで充足していて、自分の「読書消費生活」に、特に不満はありません。でも電子書籍があったら良いなと思うことはあります。まず携帯性。

 電子書籍リーダーを一つ持つだけで済むと、持ち歩く本を選ぶ必要がなくなります。新書で購入する本や図書館で借りている本の一部は、電子書籍で購入すると思います。また、電子書籍で出たら買っても良いなと思う商品もあります。例えば、歴史小説。例えば好きな漫画をシリーズで読む。

 出版社が今できることは、まとまったシリーズにリーダーをセットにして売ることです。僕は「島耕作シリーズ」がリーダー付き3万円位で出たら、即買いします。「司馬遼太郎全集」も買ってしまうかも。

 リーダーを持たせれば、リコメンドしていく事は容易です。その際のプラットフォーム事業のイニシアティブは、出版社(島耕作だったら講談社)が持つことが出来るのです。技術や規格はOEM供給なり事業提携なりすれば良いと思います。大切なのは、そのユーザーは、作者の読者であると同時に、出版社の客だということです。 

 もう一つのポイントは、現状だと逃しているビジネス機会に対して新たな市場創造になるという点です。僕は、病院に長期入院でもしなければ、「島耕作シリーズ」を「課長〜」から「社長〜」まで読み直すことはないです。電子書籍なら気が向いたときに読もうかなと思います。
 電子書籍リーダーの普及は、移動時間などの隙間時間をツイッターや携帯ゲームから出版社が奪い返すような効果がある訳です。
大手出版社の文庫本が何でも読めて、年間1万円などというサービスもあったら、それも加入してしまいそうです。

 月額課金は一部、始まっていますね。友人が加入していますが、高評価でした。

 ●手塚治虫マンガ 210作品32,000ページが月額525円で読み放題に!

 

 ここ20年位のコンテンツビジネスのトレンドは、「コンテンツ制作はリスクがある程には儲からない。儲かるのはそのコンテンツを乗せるプラットフォーム事業者だ」というものです。(僕自身は「作品」を創る生業をしているので、正直、苦々しい気分もありますが、、。)

 コンテンツ先行で、おまけでリーダーを売るという戦略を持つ事で、プラットフォーム事業者のメリット、ユーザー情報や周辺ビジネスとの繋ぐビジネスからの収益に出版社が強い立場を持てる可能性があるはずです。

 

 レコード業界は、10年前に携帯向け音楽配信(通称「着うた」)を共通プラットフォーム「レコード会社直営」(現レコチョク)をつくって、成功しました。大手レコード会社が全部参加したサイトはユーザーに支持され、着うた市場の7割以上のシェアを占めたと言われています。今や、ガラケイからスマフォへの移行の影響で「着うたビジネス」は終焉しつつありますが、出版業界には参考になる「成功例」だったと思います。

 ちなみに、レコチョクは、若年層向けに特化していて(狙ったと言うよりも結果そうなって)「着うた系」と呼ばれる新しいジャンルを産み出しました。西野カナなどが代表される「泣きうた」と言われましたが、これは、kindleが流行って、米国でとても短いコラムやノベルが売りやすくなったいう話と似ています。そんな風に環境変化はコンテンツそのものにも影響を与えます。

 

 こんなお話をすると、一部の方は「出版社は取次や書店を見捨てられない」という意見がでてくるかもしれません。物流のアナロジーの電子書籍への置き換えは、検索システムや関連情報との紐付けなどメタデータを取次に担ってもらうしかないかなと思いますが、読書好きが集まる書店は、電子書籍と必ずしも利益相反するとは言えないと思います。今のITマーケティングのキーワードはO2O(オンラインからオフラインへ)です。「クリックアンドモルタル」とキーワード比較をすると時代の変化が感じられるなと思いますが、お店の提案力と電子書籍の利便性をどう連携させるかは、市場拡大につながる大切なポイントなのではないでしょうか?

 正直、無くなると思っていたCDショップが、日本では、まだ相当数残っています。タワー、TSUTAYAHMV等々、ナショナルチェーンのCD店が残っているのは、日本の特殊な環境です。エンターテインメントコンテンツのビジネスにおける専門店の価値を再評価して、再構築することが火急の課題だと思います。

 

 電子書籍の普及のネックになっているのは、出版社のビジョンが弱さと、IT事業社の読書文化の軽視という不幸な負の相乗効果です。

 何でも買える電子書籍書店の実現が難しいなら、ユーザーメリットがわかりやすいシリーズ作品とリーダーのセット販売で、広める戦術はいかがでしょうか?

 出版デジタル機構の設立などで、共通のフォーマットがまとまりつつある今、出版社が積極的に広める電子書籍ビジネスを改めて期待したい2012年の夏の終わりです。


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山口哲一(音楽プロデューサー・株式会社バグコーポレション代表取締役)



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