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ストリーミング(聴き放題)サービスは、音楽産業復活の起爆剤になるのか?

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 昨年7月から米国でもサービスを始めたスウェーデン発の音楽ストリーミングサースSpotifyは、有料会員が300万人を超え、着実にユーザー数を増やしているようです。 

 音楽ストリーミングサービスのSpotify、有料会員数が300万人を突破、課金ユーザーが2割に上昇

 

 無料会員の条件を厳しくして、有料会員を増やした施策に注目です。規約変更にはスウェーデンでは反対運動が起きたようで、適切なサービス設計は簡単はありませんですが、spotifyは米国でも着々と広まっているようです。

 一方迎え撃つアップルは、iCloudの提供、音楽についてはiTunes Matchと、個人向けのプライベートクラウドの充実で対抗しています。一旦、ダウンロード購入してくれたら、どんなデバイスでも使えますよというサービス設計は、スポティファイ型のサービスと比較して革新的とは言い難いところです。ソーシャル機能のpingの状況もいまひとつで、これまで新しい音楽体験を提供してきたアップル社も、ダウンロード型ストアとして成功したが故に、守旧派になったように見え、インターネット企業の栄枯盛衰は興味深い現象です。

 ちなみに、日本では、iTunes Matchのサービスは使えません。レコード会社を中心とした権利者側が許諾を出さないと聞くと、ネットユーザーの方々は「また、レコード会社のエゴがユーザー利便性を損なっている」と感じるかしれませんが、今回は必ずしもそうは言えない状況です。

  レンタルしたCDからリッピングしても、違法配信サイトで得た楽曲もiTunes Matchを通すと、高音質で聴けてしまうと言うのは、資金洗浄ならぬ「音楽ファイル・ロンダリング」する作用があります。欧米ではアップル社は相応の使用料支払を行っているようですが、レンタルCD店が充実している日本の市場に見合った金額の負担は難しいでしょう。iTunes Storeのシェアが低い日本では、一定の合理性があります。

 ただ、アップルユーザーに、不自由を強いることにはなるので、ユーザーの理解を得るためには、しっかりとした代換サービスの提供が必要です。


●日本の音楽配信市場の現状とストリーミングサービスへの期待

 日本の音楽配信市場は、モバイル配信(いわゆる着うた)が9割を占め、iTunes Store6%程度と世界で唯一「失敗」している市場です。(詳しくは、「日本の音楽配信事情2011〜評論家やジャーナリストに間違いが多すぎる〜」をご覧下さい。)

 近年、大きく変化しているのは、スマートフォンの普及に比例して、従来型携帯電話(ガラケー)向のサービスである着うたが落ち込んでいることです。

モバイル配信の2011年度売上は前年比78%です。パッケージ(CDとDVD)販売が前年比98%と粘っているのに対して、着うた、着うたフルの落ち込みは顕著です。日本レコード協会発行THE RECORD2012-03より)

 そんな環境変化の中、レコチョクによるストリーミングサービスの本格開始に注目が集まっています。短期的には着うたの落ち込みをリカバリーするために、中期的にはSpotify等の海外サービス上陸(黒船来襲)に備えるために、ストリーミングサービスへの対応は必須です。今夏にも開始が噂されています。これまでのような洋楽中心や一部レーベルのサービスでは無く、ほとんどの邦楽曲が聴ける月額課金型のサービスのようです。

 レコチョクのストリーミング開始をきっかけに、2012年が日本の音楽ストリーミングの夜明けになる可能性があります。株式会社レコチョクは、日本の大手レコード会社5社の共同出資で、日本レコード協会加盟全社が音源を供給する、レコード業界が大同団結したプラットフォーム事業会社です。レコチョクが始めるということは、日本のレコード業界がストリーミングサービスに前向きに取り組むということを意味します。各社の使用許諾に対する姿勢も変化することでしょう。

  一定金額のMG(ミニマムギャランティ=最低保障金)を負担する資金力は必要でしょうが、従来のモバイルCP社だけでなく、多くの会社に音楽サービス新規参入のチャンスが訪れるはずです。

 

 

●ストリーミング(聴き放題)サービスの5つの効用

 では、音楽ストリーミングサービスの本格化は、ビジネス面でどのような波及効果が期待できるのでしょうか?

 

1)違法配信サイト対策として最有力

 インターネット上の違法音楽ファイルの氾濫が続いています。昨年レコード会社から提訴されたYouTubeからの違法ダウンロードを促進するサイトの代表が著名な作曲家だったのは個人的にも驚きました。音楽ビジネスに関わる人がやるべきことではないですね。違法ダウンロードの刑事罰化の論議もあるようですが、罰則ができても、抜本的な対策とは言えず、いたちごっこの状況は変わりません。

 Spotifyをはじめとする海外のストリーミングサービスは「違法配信サイトよりも便利な環境を提供する」というテーマでサービス設計を行っています。合法でスムーズなサービスがリーズナブルな価格で提供されることが、違法配信対策としては最も効果的です。権利者側が積極的に許諾を出す理由になります。


2)YouTubeから、ネット上のデフォルト試聴機の座を奪還

 現在は、気になる音楽はYouTubeで検索するのがユーザーのデフォルト行動になっています。YouTubeは、プロモーションツールとしては効果的ですが、楽曲試聴のためにつくられたプラットフォームでは無く、権利者へのリターン率も低いです。音楽ストリーミングサービスが一般化することで、楽曲試聴は音楽サービスが基本になり、YouTubeを本来の「動画共有」という役割に戻すことができます。


3)CDDL型配信の販促効果+関連コンテンツ販売による収益増

 ストリーミングサービスは、従来型のCD販売やDL配信への代換サービスではなく、むしろそれらを促進する、以前で言えばFM局や有線ラジオ、音楽雑誌のような役割の代わりというイメージが近いと思います。

 日本は2008年からCD売上が世界一になっています。近年、米国との差は開く一方です。そんな日本に根付いたCD販売にとって、ストリーミングで聴けるのに「わざわざパッケージで買う」という意味が生じることは、むしろプラスに働きます。アーティストとの関係性の証(エビデンス)として、ライブ等ユーザー行動の「記念品」として、パッケージ購入動機は残ります。購入者向けに他のデバイスでも聴けるプライベートクラウドの付与サービス等も喜ばれそうですね。

 ダウンロード配信には、歌詞や画像などのデジタルコンテンツとのセット販売が有効でしょう。楽曲との接触場面、回数を増やすことは、収益機会の拡大になります。ストリーミングサービスの浸透は、CDレンタル店には少しずつマイナス効果が出てくるでしょうが、パッケージ販売やダウンロード配信には、むしろプラスの効果が予想されます。 


4)コミュニケーションの促進・インタレストグラフの可視化による波及効果

 好きな曲を見つけたら友達に伝えたいというのは、プリミティブな衝動です。懐かしいアーティストの情報は、旧友と共有したいものです。これからのマーケティングでは、インタレストグラフ(趣味・興味を繋がりとした人間関係図)が重要と言われて久しいですが、音楽ストリーミングサービスは、究極のインタレストグラフの可視化と言えるのでは無いでしょうか?

 米国のturntable.fmというサービスでは、誰もがDJになれ、ネット上に疑似クラブをつくることができます。グラフィックも魅力的です。日本のpicotubeも同様のサービスですが、こちらはYouTubeの動画を使っているため操作性が悪くなっているようです。ストリーミングサービスが広まることで、音楽を使った新しいサービスが活発になることが期待できます。


 関連コンテンツの販売だけで無く、ライフログデータとしての価値が、音楽ビジネスに新たな可能性を付加してくれるかもしれません。

 ソーシャルメディアがコミュニケーションのインフラになる時代に、音楽を媒介としたクチコミが広がるチャンスが増えることは、アーティストグッズやライブチケットなどでの収益機会の拡大も期待できます。ソーシャルゲームでは、すぐ折れてしまう釣り竿で魚を釣らせるなど、アイテム追加課金が大きな収益になりました。これまでなら販売されなかったアウトテイクの写真が、ファンには訴求して、レアアイテムとして収益を産むかもしれません。

 友人知人や目利き達による可視化されたコミュニケーションは、新たなアーティストや楽曲への興味を喚起します。楽曲の再生回数をランキングでにすれば、今、本当にユーザー支持を集めている人気曲がわかります。ヒット曲の復権が起きるかもしれません。

 他にも楽曲制作の背景を位置情報と結びつけてオススメ曲を紹介する機能など、ITの進化に応じた様々なリコメンドの可能性が広がります。


5)海外向けサービスとしての可能性

 アニメ・コミックの浸透を背景に、J-popの人気が世界的に高まっています。これまでは、インターネット上に「漏れる」情報を各国の日本好き(OTAKU)が広めているという状態でした。多くの国で、ネットサービス(通信)が一体化した放送が行われているので、権利クリアーが煩雑になります。そのため、日本のテレビ局は音楽番組の海外販売を躊躇せざるを得ない状況が続いています。実際、プッシュ型でJ-popを紹介する番組はNHK国際放送の「J-melo」やフランスのJ-pop専門CATV局「NO LIFE」など、ごく僅かしかありません。

 ストリーミングサービスが定着し、クラウドでの楽曲ファイルとメタデータ管理ができることで、海外で日本のポップミュージックを聴かせる環境が整うことになります。これまでは、海賊版流出を恐れて権利許諾を行えなかったレコード会社も、国産クラウドのセキュリティがあれば、安心して楽曲を提供することができます。

 世界中の都市で、盛んに行われているJ-カルチャー関連のイベントをストリーミングサービスが後押しすることは間違いありません。日本人アーティストの海外人気を後押しすることができるしょう。音楽輸出や観光振興のとしても有効です。


 このように、音楽ストリーミングサービスの本格普及は、日本の音楽産業・コンテンツ産業に新たな可能性を与える大きな期待が持てるビジネスです。

 私も一人の音楽プロデューサーとして、多くのIT事業者に音楽ストリーミングサービスを手がけて、日本の音楽市場、音楽シーンを活性化して欲しいと思っています。


●ストリーミングサービス普及への課題と期待

 では、普及するための課題はなんでしょうか?

 まず、音楽ストリーミングサービスを成立させるしっかりとしたインフラ・バックヤードが必要です。インフラ機能は、事業会社ごとに個別に持つのは効率が悪いので、パブリックな事業体が担う「オールジャパン」体制が理想的です。行政の制度的、資金的支援も重要でしょう。

 バックヤードに於いては、セキュリティの充実や高音質配信を可能にする通信環境の確保と共に、音源にまつわる様々な情報を一体的に管理する「メタデータ」の充実も非常に大切です。これからは、再生回数に基づく透明性の高い分配も可能です。また、権利分配のためだけでなく、タイアップ情報やアーティスト関連データ、位置情報なども絡めたユーザーに提案するための「マーケティングに活かせるメタデータ」も時代の要請です。管理用情報をストック型データとすると、今後はフロー型のメタデータ活用で、ユーザーのライフスタイルに提案し、ユーザー行動の変化させるような音楽ストリーミングサービスが求められることでしょう。

 ソニーの「ウォークマン」やアップル社の「iPod」が魅了したように、ユーザー行動を変える魅力的な提案を様々サービス事業社が競い合って提供する。音楽ストリーミングサービスは、そんな近未来を期待させてくれます。収益とユーザーと楽曲の接触機会を増やして、音楽シーンと音楽産業を活性化する日本の音楽ストリーミング元年が、目の前までやってきています。

                                                             山口哲一(音楽プロデューサー・株式会社バグコーポレーション代表取締役)


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