オルタナティブ・ブログ > Why Digital Matters? "なぜ"デジタルなのか? >

日本企業がDX(デジタル・トランスフォーメーション)を正しく進めるために必要なキーワードについて考えます。

地道な購買改革とキャッシュ・マネジメントで高業績を支えるウオルト・ディズニー・カンパニー

»


ウオルト・ディズニー・カンパニー(以下ディズニー)を知らない人はいないだろう。数々の映画とテーマパークを生み出し、世界の老若男女に魔法をかけ続けて90年。東京ディズニーランド(オリエンタルランドがライセンス営業)も、入場者数・売上・利益ともに3年連続で過去最高を更新と絶好調である。

ディズニーは同時に、今や世界最大のメディア・エンターテイメント企業の顔も持つ。アメリカ3大ネットワークの一つABC、世界最大のスポーツチャンネルESPN、コミック出版のMarvel、子供向けサイトとして世界ナンバーワンのDisney.com、映画スタジオのピクサールーカスフィルムなどを傘下に持ち、2013年度の売上は450億ドル(約4兆5000億円)、営業利益61億ドル(約6100億円)と、こちらも絶好調だ。

02 ディズニーのブランド群(下記、ミラー氏の講演資料より)

そうした華やかなイメージの陰で、実はディズニーの購買部門は世界有数のアリバ・ユーザーでもあり、地道な購買改革で成果を挙げている。本稿では2つの講演を中心に、同社の取り組みをご紹介しよう。

1つめは、スティーブ・ミラー氏(シニアヴァイスプレジデント、ソーシング・購買・ファシリティサービス&サポート担当)による、SAPのイベントSapphire 2013における講演から。

01

オリジナル動画はこちら。
http://events.sap.com/sapphirenow/en/session/4578
1.5時間ほどある長い動画だが、ディズニーのパートは1:16:00くらいからの10分ほど。 

 

ディズニーのCEOボブ・アイガーは、3つの戦略的重点項目を打ち出しています。考えられる限り最高のコンテンツを作ること、最新テクノロジーを駆使してイノベーションを起こすこと、そして世界中で新しいマーケットを開拓することです。彼のリーダーシップのもと、ディズニーは世界最大のメディア企業となり、年成長率は13%、直近の決算では売上、利益、1株あたり利益をいずれも更新しました。

事業セグメントは主に5つに分かれています。映画スタジオ、コンシューマー・プロダクツ、パーク&リゾート、メディア・ネットワーク、インタラクティブ(Web)です。全体の売上は$423億ドル(約4兆2000億円)です。そしてこの5事業部門を支える本社機構があります。

09

 

SAPとアリバはこのほぼすべての部門で使われています。どちらも10年以上の歴史があり、ディズニーにとって重要な役割を果たしてきましたから、この2社が合併するのは、われわれにとっても歓迎すべき”最強ペア”の誕生です。

11

 

当社の一般ユーザー(購買を発注できる社員)は20,500人請求書は年600万枚に及びます。そのうち、年17億ドル(約1700億円)をアリバ・ネットワーク上で発注しています。これだけの業務量をさばくことができるのは、ITとヒトがひとつになって効率的に機能してこそ、です。

10_2

 

われわれ購買部門のミッションは、「社内のビジネス部門に対してサプライチェーンの価値を最大化するため情熱をもって取り組む」です。具体的には下記のような大方針をもっています。

(1) オペレーショナル・エクセレンスを世界中で追究する。SAP ERPはグローバルでシングル・インスタンスに統一され、24時間いつでもビジネスの最新状況が把握できる。

(2) 目に見えるコスト削減。SAP ERPとアリバを直結し発注と請求額の情報がSAP ERPに明細で残るので、何にいくら払い、いくらセーブしたかが見える化される。
またアリバのカテゴリ管理機能を使い、同じカテゴリの物品を世界各国でそれぞれいくらで買っているかを比較することで、コスト管理を行う。

(3) 戦略的な取り組み。サプライヤ発掘から支払までの一連のプロセスを自動化することで、購買部門スタッフを単なるバックオフィス業務から解放し、その分を長期的なプロジェクトに振り向ける。

(4) ワールドクラス。購買プロセスを磨き続け、世界トップクラスの効率を実現する。

12
 

以下の図は現在に至るディズニーのIT導入の経緯です。大きくわけて6つのウェーブがありました。

① 2001年、SAPを導入。グローバルでシングル・インスタンスです。われわれはプロジェクトにスティッチ、ラフィキ、などディズニーキャラクターの名前をつけていますが、これは「プロジェクト・トモゥローランド」と呼ばれていました。

みなさまご想像のとおり、他にもプロジェクト名の候補はたくさんありますが、もし「オバマ・ネーション」とか「デス・スター」というプロジェクトがあったら、そこでは働かないほうがよいと思いますよ(笑)。

② 2003年、アリバのカテゴリ管理ソリューションを導入。

③ 2006年にはアリバ・ネットワークの利用を開始。

④ 2010年、アリバ・e購買ソリューションの利用を開始。

⑤ 同じく2010年、アリバのソーシング、リバースオークション、カテゴリ管理、契約管理を全社の標準購買プロセスとしました。

⑥ 2012年にはSAP SRMを7.0にアップグレード。

13

 

ソーシング(サプライヤ発掘)分野ではアリバの「カテゴリ管理」「ソーシング」「契約管理」モジュールを利用し、毎月160回ほどの入札を実施しています。25,000件超の契約をアリバ上で管理。SAP SRM 7.0のWeb購買機能を2万人以上の一般発注者に提供しています。電子カタログは155種類あります。

14 

アリバ・ネットワークを通じて請求書処理と決済を行っていますが、ダイナミック・ディスカウントにより、サプライヤと交渉して契約した金額からさらに年間数百万ドル(数億円)を節約できる見込みです。そして支払処理はSAP ERPから直接済ませることができるため効率的です。

15
 

こうしたさまざまな取り組みの結果、購買部門全体では年間数億ドル(数百億円)の節約を実現しています。また発注/請求 1件あたりにかかる処理コストは世界最低レベルを維持し、請求書の歩留まり(自動処理比率)は93%に向上。他のアプリケーションとのシームレスな統合を実現。

16

SAPとアリバのメンバーの献身的な活動に感謝しています。

 

-----

一方、ディズニーのアンドレ・ヘイル氏(買掛金管理担当ディレクター)がAriba Live 2012の「キャッシュ・マネジメントの効率化」という観点からパネルディスカッションに登壇している。

こちらは数枚のスライドと音声だけだが、話の内容はミラー氏に負けず劣らず面白いので、紹介する。

19 ■Manage Cash - Expert Panel: Beyond the Transaction, Unleashing the Power of the Networked Enterprise
http://www.slideshare.net/Ariba/manage-cash-expert-panel-beyond-the-transaction-unleashing-the-power-of-the-networked-enterprise?v=default&b=&from_search=1
(ヘイル氏のパートはスライド23~、時間でいうと26:23~)

 

私は基本的に、財務・会計の人間です。購買畑ではありません。

ディズニーといえばみなさん何を思い浮かべますか?もちろん、ミッキーマウスですよね(笑)。しかし実態は、ディズニーはひとつの会社ではありません。パーク&リゾートだけでなく、漫画出版のマーベル、スポーツチャネルのESPN、テレビネットワークのABC、映画スタジオなど、さまざまなビジネスを持っており、購買ひとつとってもまったく違う内容が要求されます。

(アリバの活用に際して)当初ディズニーが求めていたのは、当然ながら、「購買の効率化」、つまりモノを買うという企業活動のコストをできるだけ抑えることでした。購買業務のエクセレンスです。

しかしこの第一段階が実現すると、自然に、実は第二段階があることに気づきます。それが、「運転資金の最適化」財務的なエクセレンスです。

第一段階で、「誰から、何を、いつ、いくらで買っているのか」を把握し見える化することができたら、次は支払をコントロールすることで、資本コストを抑えることができるのです。

20 

ざっくり言って、ディズニーはサプライヤ1万6000社から、年間170億ドル(約1.7兆円)を買い、600万枚の請求書を処理しています。これだけ大きな金額になると、ほんのわずかの効率化でも、大きな節約につながります。

考えてみてください。サプライヤも、バイヤーも、購買契約をするときには、ギリギリと条件を交渉します。「価格」を1個いくらにするかはもちろん、「品質」や「納期」などもコストの一要素ですし、「支払条件」も条件交渉の一部になることもあります。

しかしいったん契約が成立し、売買が行われた後では?実際の「支払タイミング」については、バイヤーもサプライヤも、ほとんど無頓着なのではないでしょうか

それは売買担当者の仕事ではないからかもしれません。買掛金管理、売掛金管理、ともに双方の財務部門、バックオフィスの仕事ですから。しかし会社全体としてみれば、ここには大きな節約の可能性があります。

もちろん、第一段階つまり購買の電子化によるデータ整備、見える化、リアルタイム化ができていなければ、第二段階の話をすることすらできないのですが。。

21_4 

運転資金の効率化については、おもにダイナミック・ディスカウントによりますが、これを断ってきたベンダーは過去ひとつもありません。

ダイナミック・ディスカウントとは、請求書の支払期限(たとえば「月末締め60日後に支払い」)より前に支払を行う代わりに、その期間と金利に応じたディスカウント(値引き)をする、という商習慣のこと。

欧米ではごく一般的で、たとえば「60日後に1億円の支払い、ただし即日支払いしてくれるなら2%引きの9800万円にディスカウントする」といった支払条件が(もちろん双方合意の上で)普通に行われている。

ダイナミック・ディスカウントについては下記の拙著記事に詳しいのでご参考いただきたい。
「リスクゼロで2桁パーセントのリターン」を生み出すタウリア

それに気づいたのは、ディズニーにとって取引額が最も大きいサプライヤが、ほぼ毎四半期、電話してきたからです。彼らは私に尋ねました。「ウチの請求書で、支払期日が来るのを待っている状態のものは、今いくらありますか?」と。伝えると、次に彼らは「それらを今すぐ支払ってくれたら、このくらいのディスカウントをしますが、どうですか?」と言ってきました。

つまりサプライヤのほうから、ダイナミック・ディスカウントを希望してきたのです。われわれからではありません。しかしそれなら、われわれが計170億ドルを支払っている他のサプライヤにも同じニーズがあるのではないか?と考えたわけです。

今のところ、ダイナミック・ディスカウントを実施しているサプライヤは約1,000社で、その総支払額は22億ドル(約2200億円)ほどですが、ダイナミック・ディスカウントによって年間約500万ドル(約5億円)の利益が上がっています。

前述のように、われわれのサプライヤは16,000社・170億ドルで、まだまだたくさんいますから、適用範囲を拡げればさらに大きな可能性があると考えています。

22_2

また、手元現金残高の予測についても、大きな効果がありました。以前は月末や四半期末ごとに財務部門が出してくる残高見込みと実態の間に、2億ドル(200億円)もの乖離があることが頻繁にあり、本来であれば不要な金利負担が発生していました。

なぜこんなにズレが生じているのかを調べたところ、財務部門は「昨年の現金収支のトレンドをもとに今年の予測を出している」ということがわかりましが、ディズニーのような変化の激しい業界では、それでは当たるわけがありません。しかし彼らにとっても、他にやりようがなかったのです。

とくにアメリカでは、支払をチェック(小切手)で行う場合だと、平均して支払期日の12日前に、相手先の銀行に資金を移動させなければならないというリードタイムがあるため、チェックでの支払が多いと現金が不足しがちなのです。これが銀行口座振り込みになれば、リードタイムは3日ほどで十分なので、銀行口座振り込みに切り替えるだけでも9日ほどの節約になります。

アリバによって、すべての現金収支が見える化されたことで、現金残高の予測精度も格段に上がり、誤差2億ドル(200億円)からプラスマイナス1,000万ドル(10億円)ほどに激減しました。500万ドルでもまだ大きな誤差に思えるかもしれませんが、年間170億ドル(1.7兆円)の出入りがあることを思い出していただければ、誤差1,000万ドルはかなりの高精度なのです。

-----

2人の方の話を相互対照することで浮かび上がってくるのは、あらゆる企業の購買部門がもつ「キャッシュ創出の潜在性」である。

正直、上記の事例には「メディア・エンタメ企業の特殊性」はなにも感じられない。単に購買の電子化を進めたことにより、状況が明細ベースで見える化できたため、購買およびキャッシュマネジメントに改善の余地ができ、そしてそれを地道に実践して効果を上げている。他のどの企業とも違いはない。

単に巨大企業であるがゆえに購買額も大きく、したがって改善額も大きくなる傾向はあるが、これは購買金額に対する割合で考えればよい問題だ。

実際、ヘイル氏の資料(下)には「アクセンチュアの調査によれば、電子請求システムを導入することで、企業は売上の0.3%~1.0%を節約できることが確認された」とある。ということは売上1000億円企業であれば、毎年3~10億円のキャッシュが浮くことになる。

23_2

夢の国を支えるディズニーの調達改革は今も続く。

 

※本稿は公開情報をもとに筆者が構成したものであり、ディズニー社のレビューを受けたものではありません。

 

【参考情報】

■SAP Keynote: Bill McDermott & Bob Calderoni: Sapphire 2013 (90分、英語)
http://events.sap.com/sapphirenow/en/session/4578
長い動画だが、ディズニーのパートは1:16:00くらいからの10分ほど。

■Manage Cash - Expert Panel: Beyond the Transaction, Unleashing the Power of the Networked Enterprise (54分、英語)
http://www.slideshare.net/Ariba/manage-cash-expert-panel-beyond-the-transaction-unleashing-the-power-of-the-networked-enterprise?v=default&b=&from_search=1
スライドショーに録音音声がついたもの。ディズニーのパートはスライド23から、26:23から)

 

Comment(0)