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販促費のROIを精緻かつリアルタイムに把握。利益率の改善を進めるコルゲート

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Colgate-Palmolive(コルゲート・パームオリーブ、以下コルゲート)は、歯みがき粉や洗剤などを世界200か国で販売する、世界的な消費財メーカーである。売上高は約1.5兆円、社員数は36,000人。国内最大手の花王が1.2兆円・35,000人ほどなので、ほぼ同規模の企業だ。

コルゲートでは現在、SAP HANAとモバイル端末を組み合わせて、営業活動の「超リアルタイム化」を進めている。その概要については下記ビデオでも言及されているが、


コルゲート: データの集中管理と超高速処理で見える新たな可能性 - SAP HANA 

最近来日したコルゲートの元CIO(最高情報責任者)エド・トービン氏にインタビューする機会があり、より具体的な情報を得ることができたので、ご紹介しよう。

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コルゲートの元CIO、エド・トービン氏(左)と筆者
 

■拡売費(Trade Promotion)とは

拡売費という言葉をご存じだろうか?消費財メーカーおよび小売業にお勤めの方であればイロハのイだが、それ以外の業種ではあまり知られていないかもしれない。

似たような言葉として販促費(販売促進費)があるが、拡売費は広義の販促費の一部である(決算報告書などでは「販促費」に含んで表示されていることが多い)。

広義の販促費は、さらに3つに分かれる。
①(狭義の)販促費:スーパーの店頭で見かけるPOPやディスプレイなどの費用をメーカーが補填するもの。
②リベート:取引条件によってメーカーから支払われるインセンティブ。
③拡売費:値引きやクーポン、キャッシュバックなどのプロモーション(キャンペーン)の原資として、または棚割りを確保するなど便宜をはかることの代償として、メーカーが支払う費用。

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販促費と拡売費

つまり拡売費とは、販売量を握る小売に対して自社製品に便宜をはかってもらうための直接的な資金投入ということになるが、あらゆる消費財メーカーにとって「拡売費のマネジメント」は経営上の最重要課題のひとつとなっている。なぜなら、その額が莫大だからだ。

国内の消費財メーカーとして花王を例にとると、広義の販売促進費の総額は646億円。売上高が1.2兆円だから、売上の5%強にあたる。(※末尾 注1) このうち拡売費がいくらなのかについては開示されていないが、他社の情報なども考え合わせ、仮に半分と見ると、年間300億円以上ということになる。営業利益が約1,100億円だから、利益のざっと1/4くらいをつぎ込んでいる計算になる。花王のような国内最強・最大手企業においてこの額だから、より立場の弱い企業ではもっとかかっているだろう。

商習慣が違うので単純比較はできないが、アメリカでは拡売費(Trade Promotion)は売上高の10~30%を占めることすらある、という。(※末尾 注2)

いずれにせよ、莫大な額である。(少なくとも、全IT投資の数倍はあるw)

しかしメーカー間の競争激化と小売側へのバイイングパワーのシフトに伴い、もはや避けられない販売コストの一部として、どの消費財メーカーもあらかじめ利益計画にまで織り込んでいるのが、いまや普通である。
 

■把握が難しい拡売費のROI

ところが。ではこの拡売費の「費用対効果(ROI)」についてはどうか?莫大なカネをつぎ込んでどのくらいのリターンが出ていたのか?というと、従来は「現場任せ」「ドンブリ勘定」が一般的だった。

このあたりの事情は下記サイトに非常に分かりやすく簡潔に説明してあるのでぜひご覧いただきたい。なぜそうなっていたのか?がよくわかる。

業務コスト適正化施策 (株式会社CDIソリューションズの「論説」より)
http://www.cdi-solutions.co.jp/pdf/column/7%20%E6%A5%AD%E5%8B%99%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%83%88%E9%81%A9%E6%AD%A3%E5%8C%96%E6%96%BD%E7%AD%96.pdf

そして面白いことに、アメリカでもこのTrade Promotionについては状況は似たり寄ったりのようであり、いまだに、Excelベースで手計算をしている企業もかなりの数におよぶようである。

たとえば下記、TradeInsight.comの調査(2011年、対象120社)によれば、全体の53%は依然としてExcelまたは社内で手組したシステムを使っているとのこと。

Trade Insight.com
Trade Promotion Management:Trends and Predictions
http://www2.tradeinsight.com/rs/meicpg/images/Trade_Promotion_Insights.pdf

Tpm1
上記PDFの1スライド

把握できないから把握しない、とはあちこちで耳にする話だが(苦笑)、拡売費についてもこれが(日米ともに)当てはまっているわけである。
 

■SAP TPM

さてこうした状況に対し、SAPでは2005年から、SAP トレード・プロモーション・マネジメント(SAP TPM)というアプリケーションを提供している。上記Trade Insightでいう、package application のカテゴリに入るものだ。

SAP TPMにより、プロモーションごと(小売チェーンごとxSKUごと)の収益性の把握が可能にはなった。しかしTPMは非常に複雑なシミュレーションを伴うため、処理に時間がかかるきらいがあった。

コルゲートのようなメジャーブランドでは、「ベースライン」つまり「とくに何も販促活動をしなくても、自動的に売れていく部分」がある。一方、拡売費を使って何らかのプロモーションを仕掛けたことによって、「追加で売れたプラスアルファ分」がある。

この2つは外見からはもちろん区別できないので、なんらかの計算を行って「推定」する必要がある。具体的には、ベースラインは「季節変動等も織り込んだ過去の実績」に、「プロモーションをとくに実施していない店舗での推移」や「他社が実施しているプロモーションの影響」などを加味して推測する。(と簡単に書いたが、これがどれだけ複雑なシミュレーションか、ご想像いただけるだろう。本来Excelによる手計算などで太刀打ちできる話ではない)

そしてベースラインと実際の売上との差分が「プロモーションによる追加売上」ということになるわけだ。この追加売上に伴う利益額(Return)と投入した拡売費(Investment)を比較すれば、そのプロモーションでの費用対効果(ROI)がプラスになっているのか、それともマイナス(赤字)だったのか?が分かる。拡売費を投入しても、それを上回る利益があがったのであれば、そのプロモーションはプラスだったことになる。

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「ベースライン」と「プロモーションによる追加売上」のイメージ(筆者作成)

トービン氏は語った。

「コルゲートの営業担当者にとって、この「プロモーション内容と拡売費金額の調整」は非常に重要な仕事です。とにかく拡売費の額はかなり大きいので、拡売費を効果的に使わなければ、高い利益は出せないのです。

しかし以前は、拡売費のコントロールは現場任せだったため、担当者やその上司にあたる地域責任者がエイヤで決めていました。しかし当然ながら、これでは最適なお金の使い方になるはずがありません。

拡売費をたくさん使うこと自体は問題ではありません。しかし使った金額に見合った効果が出ているのか?は問題です。

そこで当社では、SAP TPM(トレード・プロモーション・マネジメント)を導入し、拡売費(トレード・プロモーション)の使い方に規律を導入するとともに、「費用対効果が最適になるプロモーション」を追求することにしたのです。

プロモーションは、コルゲートも拡売費で補填はしますが、第一義的には小売側が利益を一部削って行うわけですから、やみくもに値段を下げればよいというものではありません。両者がともに1点あたりの利益を削るのですから、販売点数がそれを上回って増えなければ、プロモーションを行う意味はないわけです。

したがって、コルゲートも儲かり、店舗も儲かる、Win-Winになるスキームを見出さなければなりません。Loss-Lossは論外として、Win-LossまたはLoss-Winも良くありません」

SAP TPMにより拡売費管理を実施しているだけでも、コルゲートは先進企業であると言える。実際、TPMを導入した2005年以降の業績は非常に堅調で、リーマンショックも乗り切って右肩上がりで成長している。

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Colgate-Palmolive社の業績推移(同社IR資料より筆者作成)

しかし同社はそれに満足せず、今回SAP HANAを導入して、さらに加速することにしたのである。
 

■TPMのリアルタイム化

トービン氏は次のように続ける。

「SAP HANAとモバイル端末の導入によって、より大きく改善されたのは、営業マンの業務サイクルでした。

当社も以前は、1~2週間前のデータをもとにプロモーション条件を決め、プロモーションを開始したら1週間後にデータを採取してTPMを回してレポートを出力し、それをもとに小売側と条件を再調整する、といったことをやっていました。つまり2週間に1回の見直しなら、速いほうだったのです。

上述のようにプロモーションの収益性分析は非常に複雑なシミュレーションなので、その実行には時間がかかります。たとえばあるプロモーションでは、77分かかっていました。

またその結果はレポートとして紙で客先に持参していましたので、そこでさらに数日遅れました。つまり従来、営業担当者の業務プロセスは、わりとのんびりしたものだったのです。

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SAP HANA導入前の営業サイクル

ところがSAP HANAで試してみたところ、従来77分かかっていた処理が13秒で終わるようになりました。これなら、いろいろなパラメータを少しずつ微調整してシミュレーションを繰り返し、ベストな値が何かを決めていくことができます。

しかも営業担当者に持たせたモバイル端末から直接実行できるので、客先での商談中にも、シミュレーションすることができます。

こうなることで、営業サイクルが劇的に変わりました。今や営業担当者は前日までのデータをもとに、プロモーションの調整を日次で小売側に提案しています。もともとこれはWin-Winを目指しての活動ですから、精度の高いプロモーション設計は小売側にも大きなメリットがあるのです。

一方でプロモーションは競合もしじゅう実施していますから、競争条件はリアルタイムに変わっていきます。しかし当社は競合をはるかに上回る精度で対応できるようになっています。自信はありますよ(笑)」

Colgateafter 

SAP HANA導入後の営業サイクル

最前線にいる営業担当者がデータを直接活用して商談を進める。超リアルタイムビジネスの典型のような事例である。

いっぽう、地区マネージャーは暇になったのかというと、もちろんそんなことはない。彼らはSAP TPMのデータをモニタリングしながら、拡売費の予算に対する消化状況はどうか?営業担当ごと、小売チェーンごと、商品ごとの拡売費のROIはどうか?に目を光らせ、必要があれば介入する。本来の「マネジメント」の仕事に重点を置くことができるようになったわけだ。

見方を変えると、上記「AFTER」図に見られるように、CEEDAIMAサイクルが2つのループに分かれている。手前のゴールドのループと、奥のブルーのループだ。ループが短くなれば、当然サイクルは速くなるし、なんらかの理由でつっかえることも減る。

そしてその2つのループの「要(かなめ)」となって全体の規律を保っているのが、SAP TPMソリューションということになる。

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これまで担当者の直観と思い込みと義理で使われてきた拡売費が、きちんと費用対効果を検証され、メリハリのついた使い方がされるようになれば、なにしろ額そのものがあまりに膨大なだけに、その改善効果も大きいはずだ。

コルゲート社の2012年度決算が楽しみである(笑)

当記事は公開情報およびトービン氏へのインタビューに基づき筆者が構成したものであり、コルゲート社のレビューを受けたものではありません。

※注1 花王株式会社 決算短信(平成24年3月期)
http://www.kao.com/jp/corp_ir/results.html

※注2 Trade Insight:2010 TPM Trend
http://www2.tradeinsight.com/rs/meicpg/images/2010_TPM_Trends_FINAL.pdf

参考:Trade Promotions: How much to spend?
http://tothegroceryshelf.com/2012/02/01/trade-promotions-how-much-to-spend/

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