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日本企業がDX(デジタル・トランスフォーメーション)を正しく進めるために必要なキーワードについて考えます。

「次にレンタルされそうなDVD」を予測し、在庫回転率を高めるレッドボックス

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Redboxlogo 

最近アメリカに行かれた方であれば、スーパーマーケットやコンビニの入口あたりに設置してある、飲料自販機ほどの大きさの赤い箱に気づかれたかもしれない。

■自動DVDレンタル機 35,400台の全米ネットワーク

レッドボックス Redbox は、アメリカのDVD(映画およびゲームソフト)レンタル最大手(※)のひとつである。その特徴は無人レンタル機(キオスク)専業であること。全米に35,400台もの自動DVDレンタル機を設置し、アメリカの人口の68%がレッドボックスのキオスクからクルマで5分以内の距離に住んでいる、という。

※現在、アメリカの映像レンタルは業態がそれぞれ異なるため、単純な比較は難しい。

  • 有人店舗型のレンタルチェーンで長らく業界最大手だったブロックバスター Blockbuster は2010年に破産を申請し、現在は衛星放送会社ディッシュネットワーク Dish Networkの傘下に。
     
  • 郵送型・無制限DVDレンタルで急成長したネットフリックス Netflix はインターネット経由でのストリーミングに急速に業態変換しつつあり、会員数は2300万人を超えたが、実際にはまだ郵送型DVDビジネスのほうがはるかに高い利益率を維持している。
     
  • そのほかケーブルTVの有料放送(Pay per view)ビデオ・オン・デマンド(VoD)、インターネット経由でのダウンロード販売、さらにモバイル(スマートフォン)向けの動画配信サービスなどもあり、戦国時代がしばらく続くものと予想されている。

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こうした中、レッドボックスは無人キオスクによるDVDレンタルで急成長を続けている。2012年度第1四半期(1~3月の3か月間)の売上は$503M(約400億円)で対前年同期比39%増、利益率も10%を超える。

月間6500万枚がレンタルされているというから、単純に12倍すると年間7億8000万枚。2011年のTsutayaのレンタルが7億4224万枚とのことなので、ほぼ同等規模である。

Eメールアドレスを登録している会員は4000万人を超える。

名前のとおり、キオスクは真っ赤で、遠くからでもよく目立つ。タッチスクリーンから希望する映画やゲームソフトを選び、クレジットカードかデビットカードをスライドさせると、DVDディスクがにゅーっと出てくる。

1枚1泊あたりのコストはわずか1.2ドル(+税)。DVDディスクは配信系サービスより新作映画が早くリリースされるため、より新作が観られるあたりも人気なのだという。

■安価な娯楽を便利に提供する

ネットフリックスが「月額$7.99固定で視聴し放題(1ヶ月間何本観ても7.99ドル)」というサービスを提供し、2300万人もの会員を集めている中、1本1.2ドルとはいえ、わざわざディスクを借りて返しに行かなくてはいけないレッドボックスが伸びている、というのは一見すると不思議に思える。

しかしそれには米国ならではの事情がある。インターネット先進国と思われがちな米国だが、そのもう一つの顔は、低所得層もまた多い、ということだ。

ケーブルTVのビデオ・オン・デマンド(VoD)であればもちろんリモコン操作ひとつで即座に映画を”レンタル”できるわけだが、誰もが有料番組が観られるプレミア契約をしているわけではない。また米国ではインターネットのブロードバンド契約にもパケット数の上限が設定されていることも多く、そうなるとNetFlixなどのインターネットVoDも相対的には”高くつく”。

その点、レッドボックスの場合、コストはDVDのレンタル費用だけ。1泊借りて翌日返せば1~2ドルで済み、固定費は発生しないのだから、確実に安上がりだ。低所得層に安価な娯楽を提供することができるのが、レッドボックスの大きな強みなのである。

(余談だが、同社のWebサイトやプロモーション動画に登場している”顧客”のほとんどがマイノリティであるのは偶然ではないだろう。)

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Redbox社WebサイトのMedia Centerより(2枚とも)  

■予測分析の精度を高め、ボトルネックを克服する

このレッドボックスが最近、SAP HANAとSybase IQを導入した。同社のテクノロジーリーダー、キャロル・マカルスキー氏によれば、RedboxがSAP HANAを導入した理由は、「キオスク単位で、需要予測の精度をより高めるため」という。


Redboxのテクノロジーリーダー、キャロル・マカルスキー氏インタビュー(YouTube、15分、英語)

同社がHANAを導入し、予測の精度を高めようとしている理由は明白である。それが同社のビジネスモデルにとっての生命線だからだ。

上述のように価格の安さが特徴のレッドボックスにとって、最大の強みは自動レンタル機によるランニングコストの低さである一方、最大のネックはキオスクにはDVDが最大200タイトル・630枚しか入らないということ、そしてそれを入れ替える巡回サービス員のコストだ。

DVD 630枚といえばちょっとした枚数のようにも思えるが、棚に収めたらタテヨコ1m四方に収まる程度だ。Tsutayaの店舗をイメージしてみれば、小型店でもその数十倍は在庫しているだろう。ということは、つまりロングテールな在庫はできないということだ。

オンラインや店舗に比べてごく限られた在庫しか持てない以上、在庫する商品(映画タイトル)は「売れ筋だけ」を揃えることが極めて重要になる。

しかも、一人の消費者は通常、一度借りたタイトルは二度と借りない。したがって「同じような傾向の違うタイトル」を入れておかなければ、機会損失が発生しうるわけである。

同社は、キオスクごとにタイトルのストックを絶えず調整する巡回サービス員を配置しているが、彼らに対して適切なタイトル入れ替え指示を出さなければならない。ムダな巡回をしても人件費やガソリン代がかさむだけだからだ。

以上のような背景から、HANAを活用して、以下のような予測分析をより高精度に行うことが、コスト削減と販売増に直結することはあきらかである。

  • 会員ごとの過去のレンタル履歴から
    「次にレンタルされそうなタイトル」、
    「次に利用しそうな地点(キオスク)」、
    「そのタイミング(毎週金曜日なのか、2日おきなのか)」を予測する
     
  • 一方で
    「自社で在庫しているDVDディスクの総数」と、
    「現在レンタルされているディスクの返却予測タイミングおよび地点」から、
    「いつの時点で、どのキオスクに、どのタイトルが何枚ストックされているか」を予測する
     
  • 上記2つの間にズレがある場合、補充スタッフにどのタイトルを何枚どこへ動かすように指示すればよいか、を計算する
     
  • 新作が毎週火曜日に入るので、そのたびに、どのキオスクに何枚を配置し、その分はみ出す旧作のどれを引込めるのか、を計算する
     
  • さらに、利益を最大化するために適切な巡回スタッフの人数、巡回ルートと頻度、さらには倉庫の位置に至るまでの巡回業務の最適化をはかる

SAP HANAは、会社の生命線である、適切な在庫配置と巡回サービスコストの抑制、の両方を担うことになる。「HANAのインメモリのスピードと、予測分析(Predictive Analysis)機能は当社にとって極めて重要です」とマカルスキー氏が語るのも、しごく当然であろう。

ちなみにここでは詳述はしないが、システム的にいうと、レッドボックスのHANAシステムはかなり斬新だ。インメモリの超高速DWHであるSAP HANAと、ニアラインストレージ(*)としてのSybase IQを連携させ、事実上ひとつのデータモデルで透過的に活用しつつ、インメモリのコストを抑えている。このあたりも、大量データの分析に明確なニーズがある同社らしい。

 * 多少低速でもよいデータを退避させておき必要に応じてDWHに読み込むためのディスク領域

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急成長を続けるレッドボックスとその親会社であるコインスター Coinstar 社は、さらに次々と「次の一手」を繰り出している。たとえば直近アナウンスされた中には以下のようなものがある。

  • アメリカ携帯電話最大手のベライゾン Verizon と提携し、あらたな消費者向けサービスの提供に乗り出す(下記参考リンク)
     
  • 自動レンタル機のメーカーで、部分的には同業ライバルでもあったNCRのエンターテイメント事業を最大1億ドル(約80億円)で買収(下記参考リンク)
     
  • 親会社コインスター Coinstar とともに、プレミアムコーヒーや家電製品などの自動販売機事業に進出
     
  • 自動販売機とは逆に、使用済みの携帯電話を有料で買い取る「自動”回収”機」ビジネス、Eco-ATMを開始

日本とはさまざまな側面で市場環境が違うため、DVDレンタル市場ににレッドボックスモデルが登場することはおそらくないだろう。

しかし日本は世界一の自販機大国でもある。自販機のインタラクティブ化とデータ武装は今後さらに進んでいくことだろう。その際に求められるのは、そうしたデータを分析し将来を予測する能力なのである。

当記事は公開情報に基づき筆者が構成したものであり、コインスター/レッドボックス社のレビューを受けたものではありません。

参考リンク:

再掲:Running Better Together: How Coinstar is Leveraging SAP to Re-imagine Retail
(SAPのカスタマーカンファレンス SapphireNow でのセッション動画)

http://www.youtube.com/watch?v=8_3w6Z5tVH8

Redbox Facts(同社サイト)
http://www.redbox.com/facts

ツタヤ/CCC 2011年度の年間DVDレンタル枚数が過去最高の7億4224万枚に
http://ryutsuu.biz/strategy/e013121.html

レンタルDVDのRedboxがNCRのDVD関連資産を買収、Verizonと合弁設立へ
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20120207/380276/

Verizon and Coinstar's Redbox Form Joint Venture to Create New Consumer Choice for Video Entertainment
http://www.prnewswire.com/news-releases/verizon-and-coinstars-redbox-form-joint-venture-to-create-new-consumer-choice-for-video-entertainment-138772929.html

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