グローバルなマネジメントやITも「現われては消えさる飛沫の様」なのか?

第二話 ASEAN経済共同体とEUの違いとは?

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 ASEAN経済共同体関連のセミナーに参加すると、最後の質問の時間帯で、必ずこの質問がでます。「ASEAN経済共同体とEUの違いは何でしょうか?」「EU統合から学ぶことはありますか?」。

 EU統合も随分昔のことになりました。40歳以上の方だけが知っていることなのかもしれません。それに加えて、ASEAN経済共同体の概念的なわかりにくさが相俟って、大小かかわらずセミナーや勉強会でよく見る光景になっています。その時の識者の回答を参考に、自分でも理解しやすく納得できた説明をご紹介します。

 まず、発展形態や統合の性格に明らかな違いがあります。EU発足は、第2次世界大戦後にアメリカとソ連の2強が規模の経済を謳歌し始め、世界経済を牛耳る可能性が出てきた頃です。ヨーロッパ諸国は、今後どうすべきかという議論の中で、「統合」への道を導き出しました。当時のEU各国は全体的に不景気で、「皆で肩を寄せ合っていこう」という状況だったわけです。こうして生まれたEUの本部は、東南アジアの1国ほどの予算を管理し、経済分野に関する超国家的性格を持ち、国を超えたオペレーションを実施しています。対するASEAN経済共同体では、バラつきはあっても全ての国が未だに経済成長のカーブの中にいます。そのために、加盟国でゆるやかに議論していく互助会のようなスタイルで、前向きな志向が垣間見えるのです。

 1990年代後半、EUの統合のビジネスチャンス捉えたマーケティングプログラム策定に私は参画していました。今のASEAN経済共同体発足と同じようなバズワードとして考えていた面も少なくありません。あれだけの数の国が統合するのですから、コンピュータ設備の統合やリニューアル、新しいERPへの移行など、様々なビジネスオポチュニティが生まれます。それらを、多くのITプレイヤーが虎視眈々と狙っていたわけです。しかしながら、 EUの統合前後では、かなりの点で予想されない事柄が起き、マーケティングの狙いは大きく外れました。

shutterstock_244340803.jpg 予想されていなかった点の第一としては、ヨーロッパ内で事業所の拠点統合が予想以上に進んでしまったということが挙げられます。当初のプランは、大きな国の拠点を残しつつ、ヨーロッパを4~5分割して、それぞれの国にある拠点を統合しようというものでした。ところが、国としての境界がなくなると、拠点の数は想像していたより少なくても支障がないとわかったのです。サーバーが1ケ所で済むことも少なくありませんでした。

 第二の点としては、地域統括拠点のBefore/Afterになります。EU統合前には企業が鳴り物入りで地域統括拠点を設置することが多かったのですが、なかなか機能せず、立ち消えになることも少なくありませんでした。

 第三の点としては、地域の貧富の差がさらに拡大したことにあります。一見、統合することで全てが平均化し、貧しい国家にもいろいろなビジネスチャンスが生まれるものと考えますが、逆に作用したわけです。人材や労働力について、事前に描いていた青写真と大きく異なる結果となりました。

 今のアジアでも、シンガポールとミャンマーの経済格差は明らかです。1人当たりのGDPで45倍違いがありますが、ミャンマーのITエンジニアやプログラマは優秀で、リーマンショックまではシンガポールで多く働いていました。今は自国に戻っていますが、AECのビザ緩和で、また様々な国に向かうと思われます。ミャンマーはこれによって他国の人の仕事を奪うことになったり、自国が空洞化するなど大きな問題を抱えますが、こうしたことも地域格差による問題だと言えます。

 最後に挙げるべき点は、宗教的対立が激化したことです。地域経済体制によって、ヒト、モノ、カネのすべての自由化することで、優秀で低賃金な他国の人たちに職を奪われることもあります。そうなると、国としてのアイデンティティーに目覚め、宗教的対立を引き起こす可能性があるのです。

 東南アジアでは、表面には出ませんが、現地で様々な宗教の原理主義者の動きについての噂を耳にします。誰も望んでいなくても、EUの例を見ると、今後先鋭化した原理主義者たちが新たな動きも出ることもゼロとは言えません。

 EUの歴史を学ぶと、その歴史を繰り返す風土がアジアにも十分にあると考えられます。しかしそれは、EU発足の前には全く予測できなかったことです。そのため、無理やり結論づけるとすると、「EUから学ぶこと」とは、今後5年後10年あるいはすぐに、それまで全く予測しなかった事柄がASEAN経済共同体でも起きる可能性がある、ということになります。

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