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共創でマーケティングを変える!

エンゲージメント・マーケティング事例 : ネスレ社-2

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4月のネスレ事例紹介の続編です。

ネスレ社がCSVレポートを初めて出したのは2008年からですが、CSR活動報告は2002年頃から出されました。

食の安全や健康問題への要求への対応は無論、それよりも以前から行われていました。
CSR活動のまま、あるいは利益の一部を還元するフィランスロピー活動にとどまることなくCSV(共創価値)経営にまで踏み込んだ背景には、前回述べたような世界的な人口爆発と食糧危機、環境問題の中、営利企業として持続的な成長をどう実現するかという難問がありました。

ネスレ会長のピーター・ブラべック氏は2010年3月のCSVセミナーにおいて、「そもそも何も簒奪などしていないのだから、そもそも社会に返さねばならない借りは無い。」と発言されています。

しかし、食材や原材料の供給を地球環境に依存していること、営業すること自体が社会から認められているお陰でネスレの事業成長があることも事実。
故に、単なる利益還元ではなく「社会的課題に取り組みながらの価値共創」こそがネスレの取るべき持続的成長戦略だ、という考え方に至ったようです。

人口爆発と食糧危機、環境という地球規模の課題の他に、この10年来、同社がCSV経営に進んだ外部要因と内部要因として以下のようなことが挙げられています。

CSVコラムの画像1

外部環境(社会的課題)

  • 遺伝子工学の進化と、消費者の自然食品志向の高まり
  • 世界的な食の安全と経済発展、福祉への政治意識の高まり
  • 再生可能食糧資源の枯渇と、飽食・余剰廃棄の同時進行
  • 持続可能で倫理的な食品提供への要求と監視の増大
  • 民間、政府、非営利団体との協業の必要性

内部課題

  • グローバリゼーションによる生産地の多国籍分散、国別法制度の違いへの対応
  • 生産地と消費地の分離、遠距離化によるコスト増
  • 長期契約生産者との馴合い
  • 生産工程上流までのトレーサビリティへの追加費用負担

これら外部環境問題に対応しながら、内部的に抱える課題も解決しうるようなCSV施策が導かれています。

CSVピラミッド

CSV施策

  • 調達組織を2分→ 従来の契約生産者 + 直接契約農家(Nestle Farmer Connect)
  • 短期利益志向からの脱却、CSV KPIの導入
  • 競合他社への参加呼びかけ → Sustainable Agriculture Initiative Platform

調達組織を2分

まず従来のグローバルサプライチェーンに対しては、Nestlé Supplier Code of Conduct の導入と遵守を求め、さらに2012年よりResponsible Sourcingと称して、35の主要企業間で、Supllier Code of Conductに基づくAudit制度を導入。

2番目のNestle Farmer Connect (直接契約*農家)チェーンに対しては、下記のような施策を展開しています。

  1. まずコーヒー豆、カカオ、牛乳を中核に、野菜と穀物へと対象範囲を順次拡大
    • (1) “Nescafe Plan” と “Nestle Cocoa Plan”
    • (2) 2015年までにコーヒー豆を17万農家から直接調達(うち80%が零細農家)
    • (3) 2020年に9万トンのネスカフェコーヒーをRainforest Alliance and SAN (Sustainable Agriculture Network) principleに準拠したものに
  2. 生産性・栄養価向上のための教育、指導(使用農業水の管理含む)
  3. トレーサビリティー技術の導入 主要12品目への導入
  4. 乳製品生産者へのRISEプログラム導入 (Response-Inducing Sustainability Evaluation)
  5. 農産物卸売市場へのアクセス手段の提供
  6. 近郊への食品工場建設、雇用と卸先の提供
  7. 児童労働の廃止と教育支援

ポーター教授の3つのアプローチのうち、(2) 「バリューチェーンの生産性を再定義する」と(3) 「企業が拠点を置く地域を支援する産業クラスターをつくる」という条件を満たしていることが分かります。

単にコーヒー豆とカカオの生産地に産業クラスターを形成するだけでなく、生産性・栄養価向上のための教育と指導を行いながら、環境破壊を最小限にする努力を払いつつ生産量を増やしている点が社会的価値の共創となっています。

短期利益志向からの脱却、CSV KPIの導入

  1. 四半期毎の利益決算報告を廃止(売上高のみ集計報告)。同意できない株式市場からの上場撤退
  2. 株主への短期利益と長期利益の両立を説明、理解を求める
  3. 社員評価指標に、Sustainability KPIを追加。営業数値の達成のみならず持続的成長のためのKPI達成も併せて要求

個人的には、この施策が最もすごいと感心致しますが、年率5~6%以上の成長をするとそれなりの環境コストのトレードオフを伴うため、短期の利益成長のみを追求せず、社会問題への対策と事業成長の歩を同じくするという意思が表明され、株主の賛同を得る努力、CSV企業文化の形成までもが図られています。

競合他社への参加呼びかけ

2002年にネスレ、ユニリーバ、ダノンの3社により、SAI(Sustainable Agriculture Initiative platform)が発足され、持続可能な事業の成長を同社1社だけの試みでなく、競合他社の対しても働きかけ、飲食品業界全体で健全な農業発展と、食糧問題、環境問題への取り組み拡大がなされています。

2012年にwww.saiplatform.orgサイトが立ち上げられ、コカ・コーラ、ペプシ、ケロッグ、マクドナルドなどを含む50社連合に発展しています。まさに企業、競合他社、地域社会による価値共創と言えるでしょう。

渡辺 弘

株式会社エンゲージメント・ファースト

グループ長兼チーフ・エンゲージメント・ストラテジスト

統計士・データ解析士/デジタルハリウッド大学客員教授

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