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透過光と反射光で人間の認知モードが違うというのは本当か?

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「原稿を紙に印刷してチェックすると、PCの画面では気が付かなかった間違いに気がつく。やはり校正は紙でやらなきゃだめだ」という話を聞いたことはありませんか? 私はこの話、半分正しく半分間違っていると思っています。というのは、実際に大量の原稿を校正する作業をやってきた経験上、「画面で見たほうが間違いに気がつきやすい」場合もあったからです。ですので、下記の記事を見たときは違和感をぬぐえませんでした。

"タブレットで勉強" ってほんとうに効果はあるの? "紙で勉強" と科学的に比較してみた。 - STUDY HACKER|これからの学びを考える、勉強法のハッキングメディア

紙に印刷して読むとき──つまり、反射光で文字を読むとき、私たちの受容モードは自動的に、そして脳生理学的に「分析モード」になり、心理的モードは「批判モード」に切り替わる。したがって、ミスプリントを見つけやすい。(中略)(透過光でものを見た時)私たちの認識モードは、自動的にパターン認識モード、くつろぎモードに切り替わります。

透過光というのは要するにPC画面のような媒体ですね。液晶ディスプレイは液晶自体が発光した光がPC画面を「透過して」出てくるので「透過光」というわけです。それに対して紙媒体は紙自体は発光せず、外部の光を反射しているので反射光というわけです。

で、透過光と反射光では「受容モード」が違うという主張、この話がいろんなところで引用されていまして、そのひとつが上記記事です。

本当でしょうか?

「画面のほうがミスを見つけやすかった場合もある」という私の経験上、直観的には信じがたい。(まあ、直観的に信じがたいことをきちんと検証して発見するために科学があるわけですが)

というわけで、ちょっとググってみましたところ、この「透過光・反射光」の議論、出典は

引用: 有馬哲夫著(2007),『世界のしくみが見える「メディア論」

しかしこの有馬氏自身は認知科学者ではなく、自分で研究したわけではないようで、さらに出典をたどるとこの人でした。

マーシャル・マクルーハン

マクルーハン自身も英文学者でありメディア批評家であって認知学者ではなく、自分で実験をしたものではなくクルーグマンという広告研究者の研究をもとにしています。しかもマクルーハンは1980年に死去しているのでこの主張は40年以上前のものです。

40年以上前の「透過光」型デバイスは、解像度が絶望的に低いTVの他にはマイクロフィルムリーダーや映画のリアプロジェクション型スクリーンぐらいしかありません。これが現代の技術環境にそのまま通用するはずがないので、少なくともマクルーハンを根拠にこの話を語るべきではないのは明らかです。

実際、ちょっと調べてみるとこんな研究があります。

表示媒体の違いが誤りを探す読みに与える影響(松山麻珠、池内淳)(情報処理学会研究報告2015)

"以上の結果より、「透過光ディスプレイより反射光ディスプレイのほうが作業効率・評価共に高い」という仮説は実証できなかった。"

誤り発見数や精度は反射光ディスプレイのほうが多い傾向にはあったもののはっきりした有意差はなく、また「媒体に対する慣れ」が影響を与えた可能性も排除しきれないため、「反射光ディスプレイのほうが誤りを発見しやすい」とまでは言えないということです。

この件、他にもいろいろな研究が行われているので、少なくともマクルーハンを根拠に「透過光と反射光が」と語るのはやめておいたほうがよさそうです。

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(余談:そもそもマクルーハンが引用したクルーグマンの実験は反射型と透過型のスクリーンに映画を投影して行ったものですが、この当時、1970年前後の透過型スクリーンというのは現代のものよりはるかに性能が低かったはずで、おそらく反射型と同レベルの画質は実現できなかったと思われます)

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