これからの時代を生き抜いていくには、自分のアタマで人とは違うことを考える能力が必要になると考えています。人とは違うことを考えるためには、多様なインプットが必要です。人間は「人から学ぶ、本から学ぶ、旅から学ぶ」以外に学ぶことができない動物です。このブログでは、特に若いビジネスマンに向けて、わたしが今読んでいる本やオススメの旅について紹介します。

書評:『失われた宗教を生きる人々』

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第154回.jpg失われた宗教を生きる人々
ジェラード・ラッセル (著)

 ある考古学者がイラク南部で、四千年以上昔の木のパネルを発見した。美しい彫刻が施されていたが、蝶の羽のようにもろくなっていた。見つめていると雨が降りはじめ、写真を撮る間もなくパネルは溶けて泥と化した。中東の多様な宗教と民族のモザイク模様は長く輝かしい歴史の記念碑とも言うべきものだが、現在崩壊に向かっている。中東に恋をした元外交官の著者は、その姿を書き留めておこうと旅に出た。

 本書には7つの秘教が取り上げられている。アダムの息子セトの家系を自任するマンダ教徒は、二元論(光と闇)を基にチグリス川で洗礼を行いイラク南部の沼沢地帯で1800年以上生き抜いてきたが、イラク南部が戦場となった湾岸戦争やイラク戦争で大きな打撃を受けた。イラン系多神教の末裔で輪廻転生を信じ、火と孔雀天使(マラク・ターウース)を崇拝するイラク北部のヤズィード教徒は、ISISの迫害の的となった。なお、握手の慣習は古代イランのミトラ教からヤズィード教徒などを経て私たちに伝えられたものなのだ。イランのゾロアスター教徒の運命は、ホメイニのイスラム革命によって暗転した。レバノンの山岳地帯を根城とするドゥルーズ派(シーア派のエジプト王朝であるファーティマ朝のカリフ、ハーキムを神の顕現だと考える一派)は、ピタゴラス教団の流れを汲み輪廻転生を信じているという。そしてエジプトに根を下ろしたキリスト教東方教会の一派コプト教などこれら数々の秘教の中にはいまだに古代が息づいているのだ。

 著者は、マイナー宗教の伝統を生きる人々を中東の秘境に訪ね、丹念に肉声を拾って彼らの等身大の人生を浮き彫りにする。マンダ教徒やヤズィード教徒の中には祖国を離れた人も多い。デトロイトには中東にルーツをもつ五十万の人々が暮らしているという。欧米諸国は宗教的少数派に難民収容所を提供しているが、これらは結果として母国から脱出するよう彼らを煽るものである。それは、故郷のコミュニティを衰弱させるのだ。中東で多様な宗教が生き延びてきたのは、政府の力が弱く(結果として寛容にならざるを得なかった)、宗教グループの団結力が強かったからである。しかし、祖国を離れた宗教コミュニティはどうなるのだろう。米国新政権の入国制限措置(裁判所の理性的、常識的な判断で停止されたが)など、不寛容の嵐が吹き荒れようとしているとき、多文化の共生を可能にした古代の叡智から学ぶべきものはないのだろうか。

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