これからの時代を生き抜いていくには、自分のアタマで人とは違うことを考える能力が必要になると考えています。人とは違うことを考えるためには、多様なインプットが必要です。人間は「人から学ぶ、本から学ぶ、旅から学ぶ」以外に学ぶことができない動物です。このブログでは、特に若いビジネスマンに向けて、わたしが今読んでいる本やオススメの旅について紹介します。

書評:『すべての見えない光』

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第144回.jpgすべての見えない光
アンソニー・ドーア (著)

 戦争を背景にした作品には名作が多い。戦争という極限の過酷な環境が、人間性を際立たせるからだろうか。第二次世界大戦かつ比較的新しい作品に限ってみても、「朗読者」や「HHhH」などが反射的に脳裏に浮かぶ。本書は、パリの博物館に務める優しい父のもとで育った目の見えない少女マリー=ロールとドイツの炭鉱町、ツォルフェアアインの孤児院で育てられた少年ヴェルナーの一瞬の魂の邂逅を描いた珠玉の小説である。

 何気なく離れて置かれた石が勝負が進むにつれて大きな意味を持ってくる囲碁のように、2人は大回りをしながらフランス北部の運命の町、サン・マロに引き付けられていく。マリー=ロールはドイツ軍が迫るパリを離れて父とサン・マロの大叔父のもとへ。この親子の逃避行は映画「禁じられた遊び」そのままだ。ナチスドイツの技術兵となったヴェルナーは、東部戦線のウクライナからウィーンを経てサン・マロへ。そして物語は1944年8月7日、米軍のサン・マロ大空襲で幕を開ける。サン・マロはドイツ軍の拠点となっていたのだ。

 500ページ14章から成る長編が読者の心を鷲摑みにするのは、3つの要素が全て整っているからではないか。先ず、登場人物の造形の確かさ。主人公の2人だけではない。ヴェルナーの妹ユッタの目は何事をも見逃さない。兄妹を慈しむ孤児院のエレナ先生。「百万年たってもずっと一緒にいるからね」が口癖のマリー=ロールの父。サン・マロに住む大叔父エティエンヌや住み込みの家政婦マネック夫人、ヴェルナーの学友フレデリック、ナチスの下士官フォン・ルンペルなど、どの登場人物も魅力的なこと、この上ない。

 次に、狂言回しの巧みさ。炎の海と呼ばれるボルネオ産の伝説のダイヤモンド、ラジオ(ナチスはラジオを使って権力を奪取。ラジオを直したことからヴェルナーの能力が開花。レジスタンスが活用するラジオ。そして少年と少女の運命を結び付けるラジオから聞こえる懐かしい声)、目の見えない娘のために父が作った町の模型(それを指でなぞることによって少女は町を理解するのだ)。

 最後に、構成の妙。大空襲の次は10年前の少年と少女。物語は、破壊されたサン・マロと過去、少年と少女を交互に配置して187のエピソードを丁寧に紡いで展開していく。そして、読み進むに従ってジグゾーパズルのように物語の全体像が薄闇の中から徐々に姿を現す。特筆すべきは、描写の細やかさだ。例えば、少女が疲れた心身を解き放つ小洞窟の詩情溢れる描写を読むと、今すぐにでも走っていきたくなるではないか。細部の文章に至るまで神経が行き届いていて、豊かなイメージが自ずと喚起されどのページも美しい絵を見るようだ。サン・マロを再訪したくなった。

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