これからの時代を生き抜いていくには、自分のアタマで人とは違うことを考える能力が必要になると考えています。人とは違うことを考えるためには、多様なインプットが必要です。人間は「人から学ぶ、本から学ぶ、旅から学ぶ」以外に学ぶことができない動物です。このブログでは、特に若いビジネスマンに向けて、わたしが今読んでいる本やオススメの旅について紹介します。

書評:『冬の王』

»

第141回.jpg冬の王
トマス・ペン (著)

 フランスとの100年戦争に敗れたイングランドは、後に薔薇戦争と呼ばれた王族間(ランカスター家vsヨーク家)の血腥い内戦に突入した。そして、最後に勝ち残ったのがランカスター家傍系のヘンリー・テューダー(ヘンリー7世)だった。6人の妻を持ったヘンリー8世やエリザベス女王(1世)で有名なテューダー朝の幕開けである。本書は、闇の君主と呼ばれ、これまで語られることの少なかったヘンリー7世の本格的な評伝である。

 ヘンリー5世(ランカスター朝2代目の英主)の寡婦、フランス王女キャサリンは、ウェールズ人の寝室係オーウェン・テューダーと密かに結婚してエドムンドを生んだ。エドムンドはジョン・オブ・ゴーント(ランカスター家の祖)の曾孫、マーガレット・ボーフォートと結婚してヘンリー7世が生まれたが、ボーフォート家は王位継承権を放棄させられていた。ヘンリー7世の王位継承について疑念が持たれる所以である。

 ヘンリー7世はほぼ4半世紀にわたってイングランドに君臨したが、本書は治世の後半から筆を起こす。長い亡命で辛酸を嘗め尽くしたヘンリーは、権謀術数を尽くしてようやく国内に安定をもたらす。そして、アーサー王太子にスペインからキャサリン妃を迎える。ヘンリーは、王家の権力や永続性を示す婚儀に金に糸目はつけなかった。しかし、直後に舞台は暗転し、ヘンリーは、世継ぎアーサーと王妃エリザベスを立て続けに失うのである(キャサリン妃は後に王太子の弟であるヘンリー8世と結婚する)。ヨーク家嫡出(ヨーク朝初代エドワード4世の王女)の才色兼備で穏やかな性格の王妃は両家の和解を一身に体現した存在だった。こうしてヘンリーの宮廷からは全ての光が失われたのである。

 ヨーク家の策動は止まない。誰も信じられないヘンリーは、2人の顧問官(エンプソンとダドリー)を手足に聖俗の富裕な人々に財産罰を課して金を貯め込み、絶対王政への道を突き進む。人々の希望は次男のヘンリー王子、いうなれば、ヘンリー8世は春であり、その父は冬なのだった。著者はこの過渡期の時代を書簡や帳簿等の一次資料を渉猟して見事に浮き彫りにした。トマス・モアとエラスムス、すべてを取り仕切ろうとする王母マーガレット、スペインに向かう途中、嵐でイングランドに漂着したハプスブルク家のフィリップ美公と妃のフアナなど著名な脇役に係る多くのエピソードも興味深い。ヘンリーは後にフアナが精神を病んでいるとの報告は荒唐無稽だと断じている。また、イタリア出身のヴァージルはヘンリーの命により「イングランド史」を執筆したが、これがシェイクスピアの史劇の元となった。

 ヘンリーは、自身の王座と王朝を守り抜くために、生涯つきまとい続けた王位継承権への不安感に執念深く対峙して国家の基盤を確かなものとした。しかし、春のヘンリー8世がその後に歩んだ道を考えると(ヒラリー・マンテル「ウルフ・ホール」、「罪人を召し出せ」など)、本書はとりわけ感慨深いものがある。

Comment(0)