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書評:『天平の女帝 孝謙称徳』

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第122回.jpg天平の女帝 孝謙称徳
玉岡 かおる (著)

 7世紀の初めに拓跋国家の掉尾を飾る大唐世界帝国が成立して、最初の30年を太宗(李世民)が牽引、その後の半世紀を英邁な武則天が引き継いだ。武則天の時代に白村江の戦いが行われ高句麗が滅んで朝鮮半島が新羅によって統一され、わが国には激震が走った。そして、持統、元明、元正、孝謙称徳と女帝の世紀が出現した。おそらく武則天の活躍が彼女たちのロールモデルとなったであろうことは想像に難くない。本書は天武・持統に繋がる最後の女帝、孝謙称徳の生きざまを描いた小説である。

 冒頭、女帝最期の夢が語られ、崩御が腹心の吉備命婦(由利)によって告げられる。群臣はどよめく。後継者をどうするのか。流人、和気広虫と清麻呂が召還されて戻ってくる。本書は、いずれも女帝に信頼された広虫と由利という2人の女官の目を通して女性の地位向上に尽くした女帝の真の姿を詳らかにしていく。回想の間にも藤原4家を中心に陰謀が入り乱れて政治は動いていく。天智に繋がるむささびの帝(光仁)が擁立され、女帝の姉、井上内親王が皇后に立てられる。しかし、陰謀はとどまるところを知らず皇后と他戸皇太子は廃されて、異国の血筋の山部親王(桓武)が立てられる。

 ところで、女帝の死に顔に青黒い斑点を認めた由利はその正体を追い続ける。由利の得た結論は、唐渡りの毒草、緑蛇草にほぼ間違いはない、というものだった。しかし、誰が一体どのような方法で女帝に毒を盛ったのか。毒見役の由利が目を光らせていたはずなのに。この辺りの謎解きはスリラー小説のようだ。帝の御幸は何が起きるかわからないとおびえる人々。その予見通りにむささび帝の御幸の途中、左大臣藤原永手が謎の死を遂げる。そして要人が次々と倒れていく。かつての法皇道鏡、由利、井上廃后、他戸廃太子、藤原良継と百川、それぞれ青い斑点を死に顔に浮かせて。物語は広虫が最後まで紡いでいく。そして、結びに女帝の遺詔が明らかにされる。女帝は後継に誰を指名したのか。その意外さに驚かされた。脇役も隼人の若者や巫女の蛍女、井真成の孫娘など多彩でそれぞれに個性的だ。

 勝浦令子に「孝謙・称徳天皇」という優れた評伝があるが、本書は小説ならではの特徴を活かして、奈良時代から平安時代に移る激動の時代を描き尽くす。聖武天皇と光明皇后の娘として生まれて初めての女性皇太子となり、奈良に仏教王土を築き、遣唐使を派遣し、藤原仲麻呂ら逆臣の内乱を鎮め、道鏡を引き立て、隼人を傍に置いて、民のため国のため平和の世のために生きた孝謙称徳帝。由利は広虫に断言する。「女にとって、人間の価値を底なしに貶められる決定的な方法は、それは〝醜聞〟です。男と女の関係を持ち込みさえすれば、どんな偉業も、笑い嘲りを免れず、地に落ちる」「敵とは、道鏡や、父真備や、女帝自身の口を封じた上で、女帝の時代をとことん貶めようとたくらむ者。二度とこの国が女の天皇を戴くことがないようにと画策する男たちです」。天平時代は決して奈良の大仏にイメージされるような平和で穏やかな時代ではなかったのだ。むしろ、どす黒い陰謀が渦巻いていた禍々しい時代であったのだ。本書は、ヒラリー・クリントンがガラスの天井に挑み、「スター・ウォーズ」のレイがライトセーバーで闇を切り開く2016年の新春に相応しい佳作である。

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