これからの時代を生き抜いていくには、自分のアタマで人とは違うことを考える能力が必要になると考えています。人とは違うことを考えるためには、多様なインプットが必要です。人間は「人から学ぶ、本から学ぶ、旅から学ぶ」以外に学ぶことができない動物です。このブログでは、特に若いビジネスマンに向けて、わたしが今読んでいる本やオススメの旅について紹介します。

書評:『第三帝国の愛人』

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第121回.jpg第三帝国の愛人
エリック・ラーソン (著)

 1933年6月、いくつもの偶然が重なってシカゴ大学教授のドッドは、ローズベルト大統領からナチ政権下となって初めての駐独アメリカ大使に任命される。ドッドは「旧南部の興亡」というライフワークを執筆するため、大学での多忙な役職に不満を覚えていた。ハーグやブリュッセルの大使なら執筆の時間が取れるのではないかと考え、閑職を求めて政府に働きかけたのだった。しかし、運命のいたずらがドッドに与えたポストはベルリンだった。

 ドッドは、家族(妻、息子、娘のマーサ)を連れて赴任する。質素な生活を送りリベラリズムを信奉するドッドは、裕福で貴族的な国務省のエリートや大使館員と端から反りが合わない。ドッドがベルリンで見つけた公邸は、裕福なユダヤ人所有の物件だった。彼はドッドと同居することで強かにわが身の安全保障を図ったのである。ナチに新生ドイツの希望を見つけようとする奔放なマーサ(既婚者であるのだ)は、ゲシュタポ局長などと浮名を流す。ヒトラーとも一度会い、手にキスを受けるのだ。リベラルでうぶな父親、ドッドは愛娘の行動を知らない。当然、保守的な大使館員は反発する。「マーサは最も不適切なことをする女性であり、結婚しているナチの秘密警察の局長と夜いつも外出している」。しかし、マーサがナチに幻滅するのに時間はかからない。その反動で、マーサが選んだ恋人はスパイであるソビエト大使館員だった。これは小説ではなくノンフィクションである。面白くないはずがないではないか。

 ドッドは、ユダヤ人の迫害が激しくなる一方のドイツの行く末(ここには将来の希望がない)と多忙な毎日に失望と深い憂慮を感じ始める。10時間も15時間も働かなければならず、ライフワークどころではないのだ。しかし生真面目なドッドは職に耐える。「今私が辞めたら、事態はさらに複雑になる」と考えたからだ。

 抑制された端正な文体は、ヒトラーがレームを粛清した「長いナイフの夜」までの1年間を克明に再現する。華やかな社交界、まばゆい陽光の公園、牧歌的な郊外。しかし、生活の隅々に疑惑が忍び寄り恐怖が静かに拡大していく。ドッドは、ヒトラーやゲッベルス、ゲーリングたちを不器用で危うげな思春期の「16歳の若者」と呼んでいた。ある日、ドッドたち外交団はゲーリングの邸宅公開に招待される。原始の森、野牛、湖、ビーチ、妻の霊廟など広大な邸宅の周遊は、まるでスター・ウォーズの一場面を見ているようだ。「甘やかされた子どもがおもちゃを見せびらかせているようだった・・・のちに同じ子どもっぽい精神と喜びを持って、殺人的な計画が始まったのだった」。ここにナチの本質がある。

 ドッドは必死に抵抗する。「私の仕事は、平和とよりよい関係のために働くことだ。ヒトラー、ゲーリング、ゲッベルスがこの国を指揮する時代に、何ができるのだろうか。この3人ほどに国を指揮するのにふさわしくない人物について、読んだことも聞いたこともない」と。そして、ヒトラーたちを招待客として大使館などに呼ばないこと、会談を申し込まないことを決意するのだ。ワシントンは驚く。「派遣された国の政府との話し合いを拒む大使を一体どう使ったらいいのか?」というわけだ。ローズベルトは大枠でドッドの意見に同意していたが、ほとんどのアメリカ人はヨーロッパのもめ事に介入しないことを望んでいた。1937年12月に離任したドッドは、ヒトラーへの警戒を喚起しアメリカの孤立主義志向と戦うキャンペーンを始める。ドッドは闇が深まる地においてアメリカ的自由と希望のたった一つの明かりとなっていたのだ。ナチ台頭の時代をこれほどまで見事に描き切った秀作は稀である。

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