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人事・組織領域を専門とする、クレイア・コンサルティングの広報・マーケティング担当です。人事・組織・マネジメント関連情報をお伝えします。人事やマネジメントの方々にとって、未来の組織を作り出す一助になれば大変うれしいです。

人事の新潮流 - テクノロジーに代替されない真に「ヒトらしい」人事機能とは

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はじめに

HR Tech、AI、ピープルアナリティクスなど、昨今のテクノロジーの進化によって、人事部や各事業部門が担ってきた人事機能のあり方は再考を迫られています。労務管理、勤怠管理、教育、配置などの人事業務の多くが省力化・自動化され、これまで人が担ってきたことの多くがテクノロジーで代替できるようになってきています。

また、人事担当者の経験や勘に頼っていた判断業務の多くも、テクノロジーを活用してより精度高く/透明性高く行うことができるようになってきています。ルーチン業務に埋没しがちな人事部に対する批判は以前からもありましたが、もし今人事部または各部の人事担当者の業務がルーチン業務中心となってしまっていた場合、テクノロジーによる代替によって、その存在意義がますます問われることになるでしょう。

しかし別の見方をすれば、こうしたテクノロジーの変化は人事部・人事担当者自らの存在価値を高めていく好機でもあると捉えられます。これまで煩わされてきた業務の多くが省力化・自動化されることによって、本来行うべき業務、真に「ヒトらしい」人事業務に自分たちの時間と関心を傾注させることができるからです。

このような問題意識から、本稿ではテクノロジーの進化でどのような人事業務が代替されつつあるかを俯瞰した上で、こうした変化の中でますます重要になる本質的な人事機能・コンピタンスとは何か、について考えてみたいと思います。



テクノロジーによって置き換えられる人事領域の仕事

下図は、人事機能の全体像を「バリューチェーン(戦略から実行まで)」「人材フロー(入社から退職まで)」の二軸で俯瞰したものに、近年テクノロジーによって代替されつつある領域の中で、特に近年注目されている領域(A,B,C)をプロットしたものです。まずそれぞれの領域でどのような「置き換え」が起こっているかを概観してみたいと思います。


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【A】採用活動

書類選考で人工知能(AI)が使われ始めています。例えば、ソフトバンク株式会社では毎年1万人という膨大な数の応募者のエントリーシートをより客観的に、また適正に評価することを目的に、エントリーシート選考においてAIを活用しています。

具体的には、過去数年分のエントリーシートの中で「合格」と「不合格」それぞれの特徴をAIに学習させ、AIによる合否判定と採用スタッフの書類選考における合否判定がほぼ同じになることを確認した上で、AIによる合否判定の振り分けに踏み切ったということです。合格基準を満たす評価が提示された項目については選考通過とし、それ以外の項目については人事担当者が内容を確認し、合否の最終判断を行いますが、これにより人事担当者がエントリーシートの確認作業に充てていた、年間およそ800時間以上の時間を75%も軽減できたとのことです。

サッポロビール株式会社でも同様にエントリーシート選考でのAI活用によりエントリーシート選考にかける時間を約40%削減できたとの発表もありますが、ここで重要なのは、単に時間が削減できたという結果ではなく、AIの使いどころの見極めと、AIの活用により何を質的に変えることができたのか、ということでしょう。

少なくとも現段階のAIでは、過去の様々なパターンを学習させ、一定のパターンに基づく判断を代替することには長けていますが、応募者の熱意、ポテンシャルといったデータ化しにくいもの、データ上では読み取りにくいものまでを含めた総合判断をゆだねることはできません。そうすると、使いどころとしてはそうしたAIの特性を見極めて、データ上で判断可能なもので足切りに使えそうな基準があり、その部分だけでも代替できれば十分メリットがあるかどうかを見ていくことになるかと思います。

さらにそこから、AI活用で省力化できたパワーを何に振り向けるのか、という視点も重要です。近年面接すらもAIで行うサービスが台頭しつつありますが、先のソフトバンクの例では、面接は単なる選考でなく応募者の志望度を上げてもらうための重要な接点であるという認識のもと、AI面接の導入には慎重なスタンスをとっているようです。そもそも採用には、応募者を選ぶ、という視点と、応募者に選んでもらう、という2つの視点があり、人材獲得競争が過熱する中、前者に注力するあまり後者がおろそかになっては本末転倒でしょう。

AIは特定の限られた部分しか代替できないという認識のもと、全体の絵の中でAIをどのピースにはめるかという視点で、採用プロセス全体をリデザインするスタンスが重要だと考えます。


【B】配置・育成・評価業務

配置・育成・評価業務については、期末になると膨大な手作業に忙殺されるのがこれまで人事担当者の悩みの一つだったかと思います。そうした状況を変えようとしているのが、近年のタレントマネジメントシステムでしょう。従来は単に人材情報を見える化して一元管理するだけの製品が多かったように感じますが、近年はAIを活用して後継者育成や人材最適配置を支援するサービスも生まれつつあるようです。

例えば後継者育成の領域では、AIを活用して過去の役職就任歴および在任期間のデータなどを参照しながら、人材の有効なキャリアパスを複数予測提示したり、社員の能力をプロットすることで人材をマッピングし可視化するサービスも出てきているようです。これによって現在の能力と育成ニーズを明らかにし、社員の能力への深い洞察がより容易にできるようになるとされています。

また人材最適配置の領域に関しては、AIを活用して社員情報・部署情報からそれぞれの特徴を抽出し特徴同士の親和性を算出する(マッチングする)サービスや、好業績に結びつく「行動特性」と行動特性を生み出す源泉である「能力特性」をアセスメントした結果から、異動後活躍でき得る組織と職務を予測するサービスなどが発表されています。

但しこれらのサービスは一定の示唆、リコメンデーションは行ってくれるものの、採用領域ほど判断のもととなる学習データ量が無い場合が多いため、運用の中で補助的に活用しながら精度を高めていっているのが実情のようです。


【C】給与・労務・退職関連業務

労務手続きや勤怠管理など人事労務に関する業務についても、クラウド上で一連の業務を一気通貫処理できるサービスや、会計系や営業支援系のシステムとの連動性を持たせることによって人件費や生産性の可視化につなげるサービスも生まれているようです。

例えば、三菱地所グループでは、本社の人事給与システムの更改に合わせて、グループ全体で生産性を高めて収益体質の改善を図りながら、情報連携を強化して適材適所の人財配置を実現するための、前述のBの領域とも一気通貫で管理できるグループ横断の人事管理システムの導入を計画しているようです。



テクノロジーが「得意なこと」(代替されやすい人事機能)

以上を俯瞰してみると、テクノロジーが「得意なこと」には共通点があることがわかります。機能的価値の観点から以下の3つに分類できます。

①散在している(または可視化されていない)データを収集し、体系化し、管理する機能
②さまざまなデータから「意味合い」を読み取り、原因の分析や対策の考案に役立てる機能
③データから未来を予測する機能(問題の予兆やポテンシャルを発見する機能)

①~③は、裏を返せば人事部・人事担当者が「代替されやすい仕事」であり、自分たちの存在価値を脅かすものではありますが、テクノロジーが得意なことはテクノロジーに任せる/経営に対する価値発揮を増大するためにテクノロジーを使いこなす、という発想への転換が必要です。

例えば、①のデータ管理の高度化によって、複数の人や部署でバラバラに行っていた繰り返し作業はますます標準化・効率化され、場合によっては人事部の一部機能の集約化・外部化・縮小は避けられない見通しです。ところが、より本質的・戦略的な業務に時間と関心を傾注できるようになるという意味では、人事部・人事担当者にとってより取り組みがいのある課題が増えていくといえます。

また、②のデータ分析の高度化によって、人事部・人事担当者は(勘や経験ではなく)事実やデータに基づく「説明責任」を経営や社員からますます求められるようになると予想されます。ところが、前向きに捉えれば、人事部・人事担当者がデータを武器に現場への説得や意思決定のスピードを加速し、経営に対する貢献価値を増大できるチャンスでもあると考えられます。

③のデータ予測の高度化はまだ未知の部分が多いですが、問題の予兆発見やポテンシャルの発見が精度高く行えるようになれば、現場の管理者の能力に依存せずに人材マネジメントの質を平準化したり、経営幹部の適性がある人材を見極めるサクセッションプランニングに活用できる可能性を秘めています。



ヒトにしかできない/ヒトが担うべき人事機能とは

テクノロジーの進化は、人事部・人事担当者が本来業務にシフトし、経営への貢献価値を増大するための「武器」になりそうだという話をしてきましたが、さて、こうした変化の中でますます重要になる本質的な人事機能・コンピタンスとは何でしょうか?ポイントを3つ挙げてみたいと思います。


①「イシュー」を特定する力

これまで散在していたデータが扱いやすい形で整理されたり、可視化されることによって、人や組織の問題を分析しようと思えば様々なデータを利用できるようになります。ところが、これらのデータをどういう切り口で分析すれば対策のヒントを導けるか?の答えをツールは教えてくれません。

「そもそもどういう問いに答えを出すべきか?(イシュー)」を特定する力が必要です。例えば、中途採用者がなかなか定着しないという問題があったときに、中途採用者の意識状態およびそれに影響を与える様々な要因や動態メカニズムについて「こうなっているのではないか?」という仮説を立て、仮説を検証するためのデータを集めたり、分析の切り口を具体化していくことが求められます。


②「あるべき姿」に対する強烈なビジョンと信念

①の仮説設定や分析を始める以前に、そもそも「何が問題なのか」を明らかにしなければなりません。社員から聞こえてくる表面的な不満や意見に惑わされず、本質的に何が問題なのかを見極めるには何らかの判断軸が必要です。そのためには、自社の組織・人材のあるべき姿について強烈なビジョンと信念を持つことが不可欠です。

例えば、社員の離職につながる要因が可視化・指標化されるようになると、その数字に関心が集まるようになると想定されますが、単純に離職率が高いことが問題なのではなく、自社の組織運営や人件費構造の観点から、吸引・確保しなければならないのはどういう人材なのかを明らかにしておかなければ、本質的な問題は浮かび上がってきません。


③人と組織を動かすコミュニケーションデザイン

HRの世界においても、データを重視した判断やコミュニケーションがますます一般化してくると予想されます。ところが、「データ」「論理」だけでは人や組織を動かすことはできません。人の「感性」に訴えるようなコンセプト・ストーリーをつくり、従業員とのコミュニケーションのあり方をデザインしていく仕事が重要性を増していくと考えられます。

マーケティングの世界で先行している「コミュニケーションデザイン」「顧客体験価値」などの考え方は、HRの世界では「会社」と「従業員」との関係性に置き換えて応用が進む可能性があります。ある先進企業では、人事部員を「コミュニケーションデザイナー」と呼び、従業員とのつながりをつくっていくための研究と実証を始めています。

ヒトがヒトと働く以上、組織のパフォーマンスを向上させるために信頼の構築は不可欠であり、それは感性によってなされるといわれています。『相手が自分を信じていると信じる「相互信頼」という一種の非合理的な信念を互いが持ったとき、利益が最大化する可能性』がある(注)ともいわれています。
(注)荻野弘之氏(上智大学文学部教授)『リーダーに求められるフロネーシス』より引用。

このように「信頼」という概念が注目を集め始めている背景には、データ・論理重視の人事マネジメントに傾斜することに対する直観的な違和感や危機感があるのかもしれません。



執筆者プロフィール

クレイア・コンサルティング株式会社 https://www.creia.jp/
コンサルタント 髙田 千種(たかだ ちぐさ)
慶應義塾大学 法学部 法律学科卒業。

新卒でクレイア・コンサルティングに参画。
主に人事制度構築、役割評価や人事評価等の人事制度定着支援、多面評価・従業員満足度調査の分析等に携わる。


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