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人事・組織領域を専門とする、クレイア・コンサルティングの広報・マーケティング担当です。人事・組織・マネジメント関連情報をお伝えします。人事やマネジメントの方々にとって、未来の組織を作り出す一助になれば大変うれしいです。

人事の新潮流 - リモートワークの副作用を打破する「組織的仕掛け」とは

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政府が掲げる働き方改革では「時間や空間の制約にとらわれることなく働くことができるため、子育て、介護と仕事の両立の手段となり、多様な人材の能力発揮が可能となる。」としてテレワーク(在宅勤務)を推進しています。労働人口の増加や生活の質の向上を目指した多様な働き方の実現を推進する政策です。


リモートワークを後押ししているのがITテクノロジーです。ICT(Information & Communication Technology)という呼び名はその名の通り、情報とコミュニケーションの進化と言えます。昨今ではチャット形式による情報共有やクラウドストレージによるファイル共有、遠隔地を結ぶWeb会議システムなどが簡単かつ安価に導入することが可能となりました。情報セキュリティの課題を克服することで、会社側の障壁はより一層解消されていくでしょう。

そして、個人のキャリアやワーク・ライフバランスへの関心の高まりもあります。「仕事だけが人生ではない」という考え方や「個人がキャリアを選択する」という考え方が、多様な働き方を提供するリモートワークを後押ししています。子育て主婦や介護者といった労働制約上の課題解決だけではなく、就労者一人ひとりの豊かな生き方を推し進める手段になっているのです。
集中的な担当業務の遂行、介護などワーク・ライフバランスの質量の増大、職場に根差す人間関係上のストレス軽減、オフィスコストや通勤コストの軽減など、リモートワークは数多くのメリットを享受できるのです。

このように数々のメリットがある一方で、リモートワーク中心のワークスタイルからオフィスワークの重要性を再認識する企業も現れてきています。長年ITソリューションサービスを提供している米IBMは2017年にリモートワークの見直しを行うと報道されました。米Yahoo!もリモートワークをほぼ廃止してオフィスワークに切り替えたと報道されています。米Googleもリモートワークを推奨していないと報道されています。こうした先進的な企業の意思決定の背景には何があるのでしょうか。

働き方改革で注目されるリモートワーク。リモートワークという働き方を導入することで考慮すべき副作用とは何か。リモートワークの副作用を打破するための糸口とは何か。本コラムでは組織人事の視点からリモートワークの本質に迫ります。



リモートワークの副作用と背景要因

    a.チームワークとコラボレーションの希薄化

    リモートワークでは、物理的に離れた環境で複数の人や部門が効果的に分業/協業する必要があります。オフィスワークに比べると、お互いの顔が見えない環境なので、お互いの状況に目を配ったり、必要に応じて協力し合うことが困難になるというデメリットがあります。

    チームワークとコラボレーションの希薄化は、企業の競争優位の源泉である「知の創発」にもネガティブな影響を与えます。現在のビジネスシーンは「知のゲーム」と言われています。情報はネット検索で容易に入手でき、練り上げて生み出した商品やサービスも模倣されやすくなりました。企業間では情報戦から知識戦へとシフトしており、持続的に「知の創発」を行わなければ、先行き不透明で熾烈な競争環境に置かれてしまいます。そのため企業は、個人が日常業務を通じて得られる知識をタイムリーに組み合わせ、加工し、新たな知識を生成・資産化するサイクルや、分散している個人がその知を活用する機動的な組織が不可欠になります。

    リモートワークでは、テクノロジーを介して業務を遂行する上でのテクニカルな課題の解決が中心で、オフィスワークよりも必要最低限かつ生産的な共有が行われています。これでは、目先の個人の課題は解決できますが、組織的な課題形成の場や将来のビジネスシーズを探り合う場は限定的になる特徴があります。つまり、リモートワークは、個人知・形式知の洗練化と同時に、組織知・暗黙知を鈍化させるリスクを高めるもろ刃の剣と言えるのです。

    これらのリモートワークの副作用を増大させるのは、「過度の分業化」と「コミュニケーション接点の単純化」という組織構造的な要因です。

    リモートワークを導入して、物理的に離れた環境で複数の人が同時並行的に業務を進めるためには、自己完結できる業務単位に分業することが合理的な選択となります。さらに、効率的に業務を進めるためには、前もって指示やチェックのルールを決めておき、コミュニケーションの接点をなるべく単純化する工夫が行われるようになります。

    例を挙げれば、翻訳のような業務をリモートワークで行う場合、仕事の依頼方法やアウトプットの品質基準は前もって決められており、アウトプットを次の工程(例えばレビュアー)に受け渡す上では、人と人のコミュニケーションは(よほどのことがなければ)省略されるようになっています。

    こうした分業化・単純化は組織効率を高める一方で、多様な視点や新しい視点でお互いが意見をぶつけ合いながらものごとを創造していくようなタイプの業務では、うまく機能しないと想定されます。


    b.共通の目的や価値観の希薄化

    リモートワークの副作用の2つ目は、共通目的・価値観の希薄化です。物理的に離れた環境で働くことになると、お互いの考え方・認識や組織として目指す姿を、日々のコミュニケーションや会議などの場を通じて共有する機会が少なくなります。

    さらに、働き方の選択肢が多様になってくると、人によって働くことに対する考え方や志向性も多様になり、組織として共通の目的や価値観を意識させることがますます難しくなると想定されます。

    組織の観点から考えると、個人が持つ多様な目的(組織に所属することで得られること)と組織が持つ目的との重なりを拡げていくことが課題になります。


    c.「監視と統制」の欠如

    3つ目の副作用は、勤務場所が物理的に離れていることにより適切な「監視と統制」が行き届かないというデメリットです。従業員の働きぶりが見えない中で勤怠管理を適切に行うための方法について悩んでいる会社は多いと想定されます。

    物理的に離れた場所で働くことは、管理者にとっても部下の状況が見えないという「言い訳」を生むことになります。次第に、管理者が部下の労働時間や働きぶりの実態をそもそも「見ようとしなくなる」ケースもよく見られます。

    組織の観点からは、業務の有効性・効率性に影響を与える重要なリスクを監視・察知し、適切な方法でコントロールできるようにする内部統制の仕組みが不可欠です。個人の自己管理(セルフコントロール)に委ねざるを得ない状況で、組織として本来求められる「監視と統制」をどのように機能させていくべきかが課題です。



リモートワークの副作用を打破する組織的な仕掛け

リモートワークの副作用を3つの視点から見てきましたが、実はこの3つは「組織」というものを有効に機能させる上で考慮すべき視点にほかなりません。そもそも「組織」でビジネスをするということは、


  • 空間的に離れた場所で、
  • 違う前提やスキル・情報を持った人や部門同士が、
  • チームとして共通の目的をそれぞれが意識し、
  • お互いの状況に目配り・気配りしながら、
  • 全体として整合性のある活動に統合していなかないといけない、

というとても難易度の高い営みであるといえます。


リモートワークの導入とは、これらをうまくやるうえでの制約(ハードル)が上がることであって、本質的に考えるべきは組織活動を競争優位性(人材の吸引含む)の観点からどうやって高度化することにあると捉えられます。

課題解決の糸口として、最近、新たな組織論として注目を集めているティール組織の考え方があります。ティール組織は、生命体型組織と言われ、構成する社員同士が自律的に「知の創発」を生み出すことに特徴があります。これまで日本で研究されてきた組織的知識創造理論や最近のティール組織の考え方から、リモートワークで「知の創発」「求心力」「自律」を生み出す3つの仕掛けを考えてみます。


    a.良いムダを許容する職務設計

    知の創発に必要なムダを許容するためには、標準化などの効率的な考え方を捨て去る覚悟が必要です。分かりやすい作業指示は、目の前の作業を進めるうえでの効率化を生み出しますが、知の創発は期待できません。ネット検索しても出てこない課題を提示して、新たな知を生み出すためのチームワークやコラボレーションを創りだす組織的な仕掛けが重要となります。

    知の創発を意図するチームにおいて必要なことは、分かりやすい作業の指示や標準化された作業工程ではありません。仕事を始めるにあたっては、職務目的を明示し、チーム内で方向性(オリエンテーション)を定めるように促します。その際、「責任範囲の重複のムダ」や「時間をかけて議論をするムダ」を許容することが職務設計のポイントになります。

    そして、課題に対して協働を通じて乗り越える「仕事のオリエンテーリング」を実行するのです。業務を終えた後に大切なことは、振り返りの時間を充分に提供することです。業務を遂行する上でムダと思える時間(リダンダンシー)を充分に確保し提供することが、知の創発を促進することになります。


    b.共感と信頼を通じた「求心力」

    仕事でもプライベートでも、「ありのままの想いを語り合い共感し合った」記憶には、互いを認め合う安心感があります。自己検閲なく「ありのままを語り合ってよい」という自然に創りだされる信頼関係が、「知の創発」を生み出すための大前提として必要な原則になるのです。

    ワイガヤに代表される、自分の働く目的や自社の理念を語り合う場づくりや、人気曲を各拠点やリモートワーカーごとに切り分け、各パートの振り付けを撮影して1つの曲の中で映像を繋ぎ合わせ1つの作品=象徴を皆で創り上げたなどの共体験が、組織の一員としての求心力を高めるのです。


    c.個人の自己管理能力や管理強化に頼らない、チームによる統制

    IoTを活用し、高齢者の在宅状況をテレビやポットの操作を通じて監視するというサービスが開始されています。このようにデジタルネイティブな現在でも、人と人が互いに認め合うという人間の性質は変わりません。お互いの状況に目配り・気配りをする仕掛けが必要なのです。例えば互いの顔が映った状態で相互に作業を進めることで互いの様子を察することや、始業・終業時のSNSを介した挨拶、具体的な業務上の用件がなくても毎日定期的に行うWeb会議、毎週の個人的な生活課題の共有と成果の共有、励まし合いを行うピアコーチングなど、互いにモニタリングを行い、コントロールを行います。

    このように、自己管理への依存や更なる管理強化ではなく、相互のモニタリングを行う自発的なコントロールを生み出す仕掛けが、全体としての整合性のある活動に統合していくことになるのです。



まとめ

物理的に離れていることで生じる協働やコミュニケーションの課題は、リモートワーク以前の「組織的な課題の顕在化」に過ぎないのです。つまり、リモートワークで顕在化した課題を、リモートワークを止めることで解決しようとしても、本質的な組織課題の解決にはならないわけです。

働き方改革で取り上げられているリモートワークは、テクノロジーの進化を通じて、生産性を高める有効な手段の1つであることに間違いありません。

組織的な知を創発する「遠心力」と「求心力」を高めるためには、3つの組織的な仕掛けを通じて心理的なつながりが持続されるという「場」が形成すること。リモートワークにおけるメリットを活かしながら、心理的距離や知の創発の障害という副作用を克服することが、これからの力強い組織を生み出すエッセンスではないでしょうか。



執筆者プロフィール

クレイア・コンサルティング株式会社 https://www.creia.jp/
シニアコンサルタント 古本 武司(ふるもと たけし)
早稲田大学大学院 創造理工学研究科 経営デザイン専攻修了。

大手外資系コンサルティングファーム、学校法人総合研究所、大手不動産会社(人事制度担当マネジャー)を経て現職。
これまで一貫して組織変革の一環としての人事制度設計・導入、人材育成の企画・実施の実行や支援、ナレッジマネジメントシステムの構築などに数多く携わる。


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