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ソフトウェア収益論 - 継続サービスと夫婦仲の重要性

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先日エントリーした「サイボウズの決算書に見るソフトウェアベンダーの収益構造」では、サイボウズの継続サービス収入は、同社の収入の50%を占めている事について説明しました。そしてそれは多くの力のあるソフトウェアベンダーに共通する収益構造でもある、という事にも触れました。

実際にこのようなソフトウェア継続サービスを契約している方には、無償バージョンアップのメリットを考えて支払っている人もいれば、払わないとサポート質問が出来なくて困るから渋々払っている人など、様々な方がいることでしょう。

ニポポ (アイヌの夫婦彫刻) Ainu Nipopo Dollsニポポ (アイヌの夫婦彫刻) Ainu Nipopo Dolls / jetalone

僕自身は継続サービス収入の拡大はソフトウェアベンダーにとってのみならず、ユーザーにとってもメリットのある必然性の高い仕組みだと思っています。前回のエントリーではこの理由については触れないままでしたので、今回は、継続サービスがメーカーとユーザーの双方にもたらすメリットについて、考えてみたいと思います。

買ってみないとわからない事

企業ユーザーの場合、ソフトウェアを購入する前には通常数カ月に渡る入念な検証が行われます。メーカーを呼んでプレゼンを依頼し、詳細なヒアリングを行って試用版をレンタル。時間を掛けて触りながら比較表と報告書を作成して上司のレビューを受ける等、大変な労力を重ねた結果、製品の導入が決定するわけです。

それでも、買ってみないと分からない事というのは沢山あります。例えばちょっとしたメニューの位置が悪くて使いにくいとか、ログが異様に肥大化してハードディスクを圧迫しちゃうとか、データが溜まるとすぐに遅くなるとか。

これは家でも車でも家電でも、どのような製品にも起こりうる事ではあるのですが、ソフトウェアは耐久財とは異なり購入後にも機能改善が可能な製品だけに、このような問題についての改善が購入後にも提供される事が求められます。

しかし、もし商品を提供したソフトウェアベンダーが、導入済みのお客さんからほとんど収益が得られない収益構造だとすると、買ってみないとわからない「隠れた」問題の改善よりも、新規顧客にウケる機能を作る方が優先されます。

例えば最近で言えばスマートフォン対応とかSaaSに向けたプラットフォームの整備とか。新しいトレンドを取り入れ、新規顧客に魅力的に映る機能の優先度が高くなるわけです。もちろん多くのベンダーは製造者として既存顧客向けの改善を行う意思を持っていますが、限られたリソースしか持たない中で、その配分がある程度収益に左右されるのは致し方ないところでもあります。

継続サービスは夫婦仲にも似る

これは何となく夫婦の間柄にも似ています。例えば僕が歩きながらマンガを読んでは片付けず、洗濯機の上とかソファーの上とかに置きっぱなしにする事は結婚するまではなかなか分からないことです。一緒に暮らす妻にとってみれば僕が腹筋を6つに割るより読んだマンガをちゃんと片付ける能力を身につけたり、赤ん坊にミルクを与える能力を身につけてくれた方がありがたいでしょう。

しかし独身であればそんな問題点は誰にもばれませんから、片付け能力よりも腹筋を割る方が夏に向けて有効な作戦となります。赤ん坊のおむつを上手に替えることができたところで、独身の彼が受けられる便益は親戚のおばさんに褒めてもらえるくらいですから、おむつを替える技術を身につける必要は全くない。ターゲットとする相手と相手から受ける便益によって、自分が注力すべき対策も異なるわけです。

ミルク飲んでる
ミルク飲んでる / woopsdez

ソフトウェア事業者は夫婦の関係性とは異なり一人の顧客だけが相手ではありません。既存顧客と、新規顧客という2つの異なるニーズを持った相手に対してメリットのある機能追加や機能改善を行っていく事が要求されます。そのためには、そのインセンティブとなる収益モデルがそのバランスを誘導するように正しく考えられている必要があると、僕は考えています。

そういった意味でサイボウズさんの保守比率50%という数字を考えてみると、これは既存ユーザー向けの改善比率の方が高くなる程のバランスである事が想像できます。比率は同じでも安定した収入の方が企業にとっては有難いからです。実際に新製品解説なんかをみていると派手な機能だけでなく細かい、それこそメニューの位置を少しずらしたとか、なるべくクリック数を減らすようにしたとかの説明も多く見受けられ、既存ユーザーにも喜ばれるような改善を多数行っている事が感じられます。

結局はベンダーに対する期待と信頼

以上のような理由から、ソフトウェア継続サービスはベンダーにもユーザーにもメリットをもたらしうる、ソフトウェア業界にとって非常に重要な収益構造と言えると思います。しかし、この仕組みには大きな欠陥があります。それは継続サービス代金分のメリットを顧客が得られるかどうかについて、主導権はあくまでベンダー側が握っている。という事です。

契約したソフトウェアベンダーが誠実であれば、継続サービス分の投資は、より大きなメリットとなって購入者に帰ってくるでしょう。しかし不誠実であれば、その投資は無駄となる可能性もあるわけです。

結局、ソフトウェアの購入というのは投資に似ています。今後成長が期待されるソフトウェアは、支払った以上のリターンを機能改善・強化として返してくれる代わりに、不具合の多さなど不安定な要素も持ち合わせています。対して、成熟したソフトウェアは安定した運用が望めますが、利用者が受けるメリットは、購入時点と数年後であまり変わらないでしょう。

投資であるという事は結果は分からないという事です。結果が分からない以上、購入者は、結局のところそのベンダーに対する期待と信頼で、購入するソフトウェアを選ぶしか無いという事が言えると思います。

ちなみに・・・

ちなみに、我社が販売する「ワークフロー」製品は、まだまだ将来に広がりのある製品ジャンルです。将来に広がりのあるソフトウェアを購入する場合は、ベンダーに対する「信頼」だけではなく「期待」も重視するべきですよ。みなさん。

頑張って自分をアピールしてお客さんに多くの期待をしてもらい、その期待に答えることで信頼を築いていく。それが成長途上のBtoBソフトウェアベンダーにとって、最も重要な事なのだと思います。


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