ブラジル社会で生きる中で、肌で感じたコトや頭で考えたコトを、ざっくばらんに吐き出します

日本人なら押さえておきたい内観(Naikan)

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久しぶりの「訪日」となったこの年末年始、せっかくなので「日本らしいこと」をしたいなと思い、行ってきました初めての集中内観7日間。

内観と言えば、日本発のメソッドで、今や世界の"Naikan"でありながらも、実は、僕を含めて日本人にはそこまで馴染みのないものであったりもするので、「内観をしたことがない!(そして聞いたこともない!)」という方のために、その内容を数回に渡って、僕の実体験を元にお伝えしたいと思います。

純日本的なものですし、日本人であれば、一度は体験しておいて損はないと思いますよ。オススメです。

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■内観とは?

まず、「そもそも内観ってナニ?」というところから。

wikipediaによると、内観とは、
浄土真宗系の信仰集団・諦観庵に伝わっていた自己反省法・「身調べ」から秘密色、苦行色、宗教色を除き、万人向けのものとした修養法。
日本製の心理療法として国際的に認められるようになったほか、刑務所や少年院などの矯正教育や、一般の学校教育、企業研修などにも応用されるようになった。
とのことです。

ようは、仏教をベースにしつつも、仏教徒以外の人でも気持ち良く取り組めるよう洗練された「自分を知る方法」とでも言えばよいでしょうか。

ちなみに、
上座部仏教によって現代化されたかたちで全世界にひろまったヴィパッサナー瞑想も内観の一種
ということで、この日本発のメソッドである内観は、「ヴィパッサナー瞑想」という形態で世界中にも広まっています。

また内観は「Naikan」というワードのまま、世界各地で普及していたりもします。
(なお、僕の住むブラジルにも「Naikan」はあるようですし、wikipediaでは英語ドイツ語フランス語ロシア語に「Naikan」のページが存在しています。)


■内観ってナニするの?

一口に「自分を知る」と言っても、「内観ってナニするの?」と思われる方も多いかと思いますが、wikipediaによれば、
母親をはじめ、身近な人に対する自分を、1週間研修所にこもって3つの観点から反省する。自分を客観視することができるようになり、しばしば劇的な人生観の転換を起こす。
とのことです。

が、これだけだとまだよく分からないですね。。。

もう少し具体的に見てみましょう。

僕がお世話になった栃木県の「瞑想の森内観研修所」の
サイトには、具体的な説明がありました。
・集中内観は、日常のあらゆる情報を遮断して、原則1日15時間(朝6時起床、夜9時就寝)ずつ、一週間連続して座って、ひたすら自分自身を見つめ続ける作業である。
・内観をする場所は、部屋の一隅に立てられた二つ折りの屏風の中で、そこに楽な姿勢で座る。
・特定の身近な人を一人ずつ、想起の対象として順次取り上げる。原則として母から始め、母の次は父・兄弟・姉妹・配偶者・子供・友人...といった具合に、自分の関わりのあるあらゆる人に対しての自分を時間のある限り調べていく。(起きている間中、食事をしている時でも入浴中でも一分一秒を惜しんで内観する)
・調べる内容としては、次の3つのテーマで、対象者に対しての自分を、検事(自分)が被告(自分)を取り調べるがごとく厳しく調べる。
(1)「していただいたこと」
(2)「して返したこと」
(3)「迷惑をかけたこと」

・面接を約2時間おきにおこない、内観者は調べた内容を各テーマにつき具体的な事実を1~2つずつ面接者に報告する。1回の面接時間は3~5分で、このとき内観者は話したくないことは話さなくて良い。

・食事は、3食とも屏風に運ばれ、原則として屏風の中でおこなう。
・内観中は、原則として、起きてから寝るまでの間、屏風の中で情報を遮断した状態で過ごすため、新聞・ラジオ・テレビ・携帯電話はもちろん、面接者以外の他の内観者と一切話をしてはいけない。

というわけで、内観とは「1日15時間×1週間、誰とも会話することなく、半畳の狭いスペースで、屏風(びょうぶ)に囲まれて、ひたすら自分自身と向き合う」というものです。

なお、僕が実際に1週間篭っていたのは、こんなところです。
この屏風(びょうぶ)の中の半畳のスペースで、1週間誰とも会話せず(もちろんネット・携帯に触れることもなく)過ごしました。

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「なんとストイックな・・・」と思われたでしょうか?

まぁ確かにストイックですよね。。。

まさにこのストイックな体験を身をもってしてきたわけですが・・・

■内観って何のためにするの?

「ストイック=精神修行」とでも思われてしまいそうなところですが、決して忍耐力を鍛えるものではありません

というのも、屏風(びょうぶ)の中では、座禅のように「正座をして過ごす」というわけではなく、あぐらをかこうが、体育座りをしようが、寝転がろうが自由なのです。(物理的に足は伸ばせませんが)
また服装も、スウェットやジャージなどの過ごしやすい楽な服装でよく、室内は冷暖房完備ですし、「屏風(びょうぶ)に囲まれている」という以外は、特に堅苦しいものではありません。

事実、ブラジルから帰国した翌日に行った僕は時差ボケがひどく、屏風(びょうぶ)の中でしょっちゅう居眠りをしてしまっていました。(最初の案内で「寝てても良い」とのことだったので遠慮なく寝てしまいました、すいません・・・)

では、忍耐力を鍛える精神修行ではないとして、一体何なのか?

英語では「"inside looking" or "introspection"」という説明がwikipediaにありますが、とにかく「自分を調べる」のが内観です。(内観では「思い出す」や「考える」というワードではなく「調べる」というワードを使います。)

「自己分析の一種?それならなにも、そんなストイックなことをしなくても自宅で出来るよ」と思われる方もいるかもしれません。僕も最初はそう思っていました。
が、実際にはもっともっともーーーっと深いものであり、その効果は、体験してみないことにはいまいちピンとこないのかもしれません。(だからこそ僕は体験者として伝えようとしているわけですが)

どれくらい深いかというと、例えば、「瞑想の森内観研修所」のサイトには、このような記載があります。
「身調べ」と呼ばれていた自己省察法をもとにして創始した、純日本的、かつ極めて効率の高い合理的な自己改善法であります。広い意味で心理療法の一種とみることもでき、実際に、さまざまの心や行動の障害で苦しんでいる人々が、短期間で顕著な回復を示した例は数え切れないほどです。夫婦関係、非行、心身症等にも成果をあげています。自分の過去の想い出を、特定の身近かの人々との関係の中から、組織的に順序立てて、徹底的に調べてゆくだけで、それまでの自分や他人についての見方、感じ方が、大転換してしまうのは驚くほどです。しかもこの変化は、決して、第三者の暗示とか指示によって起こるのではなく、あくまでも内観者自身の意志によって実行された行動によるのです。

「自己改善法」、「心理療法の一種」、「夫婦関係、非行、心身症等にも成果」、「自分や他人についての見方、感じ方が大転換」・・・
僕が集中内観中に聞かせて頂いた事例では、「ヤクザの親分がその道から足をすっぱり洗った」、「死刑囚が心から反省し、刑の執行を待った」などのケースもありました。

というわけで、人としての「更生」のために使われることもあれば、プロスポーツ選手の「メンタルトレーニング」として使われることもあったり、「人間関係の改善(夫婦仲、親子仲、兄弟仲、職場の人間関係・・・)」のためだったり、また「心の病からの社会復帰」のためだったり、と様々・・・

人によっては
人生の転換点とさえなり得るくらい深いものなのです。

「病は気から」とも言いますが、「自分をよく知る」ことで、心に関するあらゆる課題や問題が解決に向かう、というのは確かにありえそうですよね。
しかも、1日15時間×1週間もかけて徹底的にやるのですから、人生が変わる・人が変わるのも、おかしいことではないでしょう。

■どうやって自分を調べるの?

では具体的に、どうやって内観をするのか?

内観では、ただやみくもに調べる(考える)のではなく、特定の期間(基本は2〜3年間ごと)」における、「特定の人物に対する自分」を調べます(思い出します)。

具体的に僕の場合は、約2時間毎のサイクルで、それぞれ順に、
  • 0才〜6才における母親に対する自分
  • 小1〜小3における母親に対する自分
  • 小4〜小6における母親に対する自分
  • 中1〜中3における母親に対する自分
  • 高1〜高3における母親に対する自分
  • 大1〜大3における母親に対する自分
  • 大3〜院2における母親に対する自分
  • リクルート時代の母親に対する自分(2005〜2011)
  • ブラジル移住後の母親に対する自分(2011〜現在)
  • 0才〜6才における父親に対する自分
  • 小1〜小3における父親に対する自分
  • etc...
というように、生まれてから現在に至るまで原則3年間ずつ、母親→父親→姉→現上司・・・と自分に近い人間に対する自分を調べました(思い出しました)。

なお、調べる(思い出す)際の観点は3つ。
  1. 「していただいたこと」
  2. 「して返したこと」
  3. 「迷惑をかけたこと」
中でも重要なのは3番目の「迷惑をかけたこと」。2:2:6くらいの比率で、この「迷惑をかけたこと」にフォーカスして調べる(思い出す)ことが大切だそうです。

イメージできますか?

どんな内容が出てきそう(思い出せそう)でしょうか?

「1と3はたくさんでるけど、2はほとんど出てこないかも・・・」と思われた方。

まさに。そうですよね。基本的にはそんな状況になると思います。僕もそうでした。
そして、それをリアルに体感するだけでも、「あぁー、自分は一人で生きているのではなく、周囲の人たちに支えられながら生きているんだ」という実感は持てるかとは思います。

基本、自己中心的な思考のある僕としては、それだけでも既に価値あることであったとは思いますが、内観はそこではとまりません。
1週間かけて調べ尽くす(思い出し尽くす)ことで得られる気づき。それはもっともっと深いところにあります。

では一体どんなことに気づくのか?どんなからくりが存在しているのか?

一気に書いてしまいたいところでしたが、既にだいぶ長くなってしまいましたので、続編にて、内観(Naikan)の真髄について、いよいよその核心に踏み込んでいきたいと思います。


※いやいや、そんなの待ってられないよ、という方はこちらをどうぞ。(どうやら流通量は極めて少なさそうですね。急いだ方がよいかも。。。)



1つあらかじめ言えるのは、冒頭にも書きましたが、宗教色があるわけではなく、神も仏も怪しい教祖も登場することなく、○○の教えなどを唱えるわけでもなく、ただひたすらに「自分と向き合う」「自分を掘り下げる」ことによる気づきなので、無宗教・無信仰の僕としてはスッと受け入れることができました。面白いですよ。

つづく



▼砂塚裕之



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