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震災にあたり気付かされたこと、IT業界に出来ること

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東日本大震災以来の投稿となります。被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。

私自身は家族ともに直接的な被害は無く無事だったのですが、その後は多くの皆様と同様に食料不足やガソリン不足、停電による通勤困難な状況が続くなどで生活状況が落ち着かず、なかなかブログを投稿するようなまとまった頭の状態に切り替わりませんでした。

ようやく状況も落ち着きつつあるので、ブログを再開したいと思います。

3月11日(金)、未曾有の大災害となった震災があったその日、私はとある打ち合わせで成城学園前という駅におりました。打ち合わせが終わり、一息ついて仕事仲間と駅ビルの中にある中華料理店にて昼食をとっていたところ、本震がありました。

最初グラグラッとしたときには「震度3ぐらいかな…?地震久しぶりですね」とか言いながらあまり気にしてませんでした。揺れが長く続くので、おかしいな…?と思っていたら、店中のガラスや壁がぶつかり合うような大きなの揺れになるようになりました。さすがに危険を感じてテーブルの下に避難。テーブル上の食器などが落ちて割れたり、電気が消えたりするなどして、瞬時にこれはただの地震じゃない…!と感じました。

しばらく経って揺れがおさまった後、ただちにビルの外に避難すると…外ににたくさんの人が避難…これは大変な事が起こった…と感じたものです。

すぐに気になったのが家族の様子。震源はどこか…?東京の揺れよりも自宅の千葉のほうが強かったのではないか、家族は無事だろうか…。携帯をかけようにもDocomo、iPhoneともにつながらず。唯一つながったのがiPhoneからのTwitter、メッセンジャーなどのツール。メッセで家族と連絡が取れ、無事を確認してホッと一安心…。向こうももちろん携帯も固定電話もつながらず、あとはメッセンジャーしかない、とオンラインにした様子でした。家族の安否確認が出来るか出来ないかで全く心の動揺が違う…とその時体感しました。

同時にTwitterでもろもろの様子が確認出来るようになり、インターネットは災害に強いんだ…と感じたものです。そこからは状況を確認しながら、ひとまず帰宅しなければ…と思い、渋谷までのバスに乗りこむ。道路もかなり混雑していて成城学園前から渋谷についたのが約2時間後、そこからは電車が全く動かず、いつ再開するかの目処もつかなかったので、徒歩で帰る事に…。千葉県の自宅まで約35Kmの道のりでした。

震災あった当日のお話はこのあたりまでで、その後は言うまでもなく津波やインフラの破壊、原発の事故などもあり、今も落ちつかない状況が続く中ですが…自分が、そしてITという仕事に関わるものとしてこの状況から何が出来るだろう?今まではどうだっただろう?と言うことを常に考えています。

例えば「ITサービス」と言う観点で行くと、非常に多くの下支えの社会の上で「サービスをさせていただいている」と言うことを再認識し、同時に無力感を覚えます。

電気、水道、道路、電話回線、食品流通などの生活インフラ、その上から生まれるそれぞれの人の心の余裕の上で、サービスをさせていただいている。ECサービスで言えば、いくらECサイトをリッチに整えようと、道路が走れない、商品を届けるためのトラックの燃料が無い、と言うことになっては我々のサービスは全く成り立たなくなってしまいます。それを可能にする、日々の下支えの方々があっての我々なんだと実感します。

同時に、ITサービスはそれ自体が価値や実態を持つのではなく、生活インフラがベースにあって、それを事業者にとりお客様にとり「便利にするためのちょっとしたきっかけを与える仕組み、道具」に過ぎないと言うこと、それを感じます。

かと言ってITサービスの存在価値が低いと言う事ではなく、我々としてはベースの生活インフラを再度整えていただいた暁には、以前よりも一層便利を増幅し、楽しさを増幅するための仕掛けやネタを考えていかなければいけない、より一層アイデアを深め、仕込んでいかなければいけない、と感じます。それ自体は震災以前から何も変わっていないと思いますが、サービスをさせていただく側の意識として、大きくこの震災で気付かされた、再認識されたと言う事だと思います。

我々として出来ること、上記に限らず一つでも二つでも何か今までやらなかった事を発想して、実行していかなければならないと感じています。

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