オーケストラのステージマネージャという、あまり馴染みのない仕事をしております。その中で見えてくるものや、他の業種との比較などを中心に、文房具の使い方やガジェットの活用などを書いてみたいと思います。

もいちど音楽

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先月から出張が増えています。

出だしは、室内楽で被災地訪問。

2011/03/11に、定期演奏会の本番と帰宅難民になってホールに泊まる(備蓄されていた非常用毛布とお水が支給されました)という状態でした。
舞台裏と楽屋のモニタで見た映像がわすれられられません。
また、首都圏と言えども揺れが尋常ではなく、本気で死を覚悟した瞬間がありました。

復興したとして、その時に日本が...だと嫌なので、通常通りの生活をして経済をまわす側に立とうとしていました。
ですから、東北の被災地に行くのは初めてです。

行ったのは、I県K市。
此方は、津波に対する防災意識が高かったので、当時の死者は一桁。また、行方不明者の捜索もすぐ終わり、重機が早く入ったので言われないと被害の跡がわからない場所が多かったです。



(これは、津波であったものが殆ど攫われた海岸線に新しくたてられていたものです)


とは言え、瓦礫の積み上げられているとこを見ると...。
また、津波が置いて行ったものも...。



(防波堤は破壊されているところとそうではないところがあります)

今回の公演のホールは、二つの川が合流している中洲の様になっているところに建っています。
津波が来た時、川を水が逆流し、土手に上乗せした部分があったため冠水せずにすんだそうです。
ただ、半地下になっている部分は水道逆流して暫く使えなくなったそうです。



(わかりづらい写真ですみません。右のコンクリート部分がホールです)

当時この建物にいた方々は、3Fにある展望台に避難したそうです。
そして、海の方から川を遡って来る津波を見つめたそうです。



(海の方を...)


(展望台のスペースはそんなに広くはありませんでした)

演奏会の前日に、山の方にある別のホールと街中の病院でアウトリーチ。
そして、ホールでの演奏会が二回(二回目は未就学児もOK)。

いらした方々がお楽しみいただけたらいいなと思いながら仕事をしました。
やらなくてはいけないことは、誰にだって山積み。でも、一瞬、ふと、そうではない世界に行けたら? 生きていく元気が出るかもしれない?
音楽にそんな力があるといいなと思っています。

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