ICT業界動向やICT関連政策を基に「未来はこんな感じ?」を自分なりの目線で「主張(Assioma)」します。

世界で初めて「インターネットのブロードバンド接続を全国民の基本的権利」としたフィンランド

»

「森と湖の国フィンランド」
Map_finland

面積は33万8145kmと日本とほぼ同じでありながら、人口はわずか530万人。この小さな国が世界に先駆けて、ある権利を認めた事で世界中の注目を集めています。その権利とは「インターネットのブロードバンド接続を全国民の基本的権利とする」ということです。

■2015年には全国民が100Mbpsの接続を手に入れる
2010年7月1日から、全てのフィンランド人は1Mbpsの速度でインターネットに接続する権利を「国が法律で保証する」と宣言し、国内の通信事業者26社を、国内全域を対象にサービスを提供する事業者に指定。適正な価格として、月額30~40ユーロで提供される見込みだということです。更に2015年には、この速度が100Mbpsになると宣言しました。

今回、フィンランドがこのような判断に至った背景をフィンランドのコミュニケーション大臣Suvi LindenがBBCのインタビューでこう語っています。

「フィンランド人の日常生活を考えた場合、既にインターネットはエンターテイメントのものではありません。フィンランドはこの二年間、情報化社会を形成しようと多大な努力を行ってきましたが、まだ、全国民がインターネットに接続されているわけでは無いという事実を知りました。」

フィンランドでは既に96%の国民がインターネットに接続されているとされています。今回の法律の制定により、残りの4000世帯もインターネットに接続される事になるでしょう。

日本においても大半の人がインターネットを利用していると考えがちですが、実は日本のインターネット人口普及率は2009年のデータで約78%でしかありません。フィンランドの96%という人口普及率が如何に凄い事かおわかり頂けると思います。
Japan
出典:総務省「平成21 年通信利用動向調査の結果(概要)

■情報化社会先進国フィンランド
では、何故これ程までにインターネット普及率が高いフィンランドで、今以上にインターネットを普及させる必要があるのでしょうか?実はフィンランドは電子政府において度々取り上げられる事の多い、電子政府先進国なのです。

フィンランドに限らず、デンマーク等の北欧社会では、国民IDの導入が早くから実行され、それを利用した電子カルテの利用や、各種申請業務の電子化といった、政府主導の優れたICTの活用が成功しているとされています。

フィンランドの国土はほぼ日本と同じでありながら、人口はわずか530万人と、東京の人口よりも少ない。人が少ないという事は、当然病院の数も少ないため、全国民に充実した医療環境を提供しようとなると、必然的に「ICTによる遠隔医療」を必要とする背景がありました。

こういった背景もあり、国民が健康で健全な毎日を送るために、もはや生活の一部としてICTが取り込まれているフィンランドにおいては、その情報の道となる「ブロードバンド」を国民の権利とみなすのは、極自然のことなのかもしれませんね。

■人口も資源も少ない国が取った、生き残る手段。それは、世界と戦える人材の育成
携帯電話を世界一売る企業。それは間違い無く、フィンランドのNokiaです。こちらは米Gartnerが5月19日(現地時間)に発表した、2010年第1四半期の世界の携帯電話市場を示した物です。2010年Q1の世界で販売された携帯電話の台数は3億1,465万台、そのうちNokiaは1億1,010万台を販売し、シェア35%と断トツの強さを見せています。日系企業はソニー・エリクソンが僅かに顔を出していますが、その他はトップ10にも入っていません。

001l

日本の人口の10分の一にも満たず、100年前はヨーロッパ北端の貧しい農業地帯に過ぎなかったこの小さな国フィンランドの一体どこに、これ程世界と戦える強さを持ち得るに至ったのでしょうか?その強さは「本当の意味で、人は財産」と考え、実践される教育にあるのでは無いかと私は思います。

■日本とは異なる「ゆとり」のある教育
競争が無く落ちこぼれの無い教育と聞くと、皆さんの頭に浮かぶのは「日本のゆとり教育」では無いでしょうか?実は、こういった教育思想はフィンランドでは極自然な物として昔から根付いていました。

フィンランドは世界有数の教育大国であり、OECDによる生徒の学習到達度調査でも、数学・読解力・科学といった、全ての分野で1~2位を獲得し、世界のトップクラスに位置づけ、学生の学力が高い事で有名です。※日本は10位前後です。

しかし、日本とは違い、その教育方針は詰め込み教育を良しとせず、自ら考え学ぶ自主性を良しとし、自由に学ぶ教育方針だということです。

フィンランドの教育制度は日本と同じ義務教育ですが、入試のための受験という文化が存在しません。7才~16才の間無償で教育を受ける事ができます。そのため、受験勉強のために、昼夜を問わず勉強するという文化がありません。とはいえ、人間ですから「僕は学力が低い」と感じる事もあるでしょう。そんな時には一年間大目に学校に通う事が出来るのですが、こういった生徒を「落ちこぼれ」と考える文化が無いので、本人の意思でノビノビと勉強出来ます。こういった生徒に対してむしろ、「人より長く勉強して偉いね」と考える風土もあるそうです。

また、日本のように学校の中に、しつけや友達同士の交流を求めるのではなく、「学校とは勉強しにいく所」という専門性に特化しています。そのため、フィンランドとは勉強は学校でする物であり、それ意外の場所で勉強をする事はありません。そのため、塾という物が存在しません。

日本以上に「ゆとり」ある教育のように感じますが、では、何故、日本の学力は低迷しているにも関わらず、フィンランドはトップクラスの学力を維持しているのでしょうか?

その秘密は、生きていくための「教養」を身につける事に、力点を置いている点にあるのでは無いでしょうか?

例えば、日本の教育は「19XX年に誰が何をしたか」という事を覚える事が重要とされています。しかし、フィンランドでは、当時の武将はなぜその戦術を選択したのかという背景を考察し、作文する事を求められます。暗記では無く、考察する事を重要としているのです。

日本は膨大な知識を暗記する事を求められます。しかし、フィンランドでは、ほんの僅かなルールだけを暗記し、そのルールを使って、自ら答えを探すための方法を学びます。

 - 日本は膨大な知識を詰め込む事に時間をかけ、知識の活用方法を教えない。
 - フィンランドは覚える知識は少ないが、知識を活用する事の大切さを教える。

これが、日本の教育と大きく異なる点では無いでしょうか。

学習時間だけを短くする、形だけの「ゆとり」教育ではなく、暗記するというコンピュータで代用の効く事には時間を割かず、マイペースで活用する方法を自ら学ぶ「ゆとり」を社会が許容する。

同じ「ゆとり」でも大きく違うのでは無いでしょうか。

■多様な文化を理解し、自らのアイデンティティを大切にするという風土
Wikipediaのフィンランドの歴史に目を通してみると、フィンランドという国の壮絶な歴史の一端が垣間見れます。

スウェーデンの属国、デンマーク人からの圧政、ロシアによる支配、周囲を大国に囲まれた小国にとって、武力が支配していた時代には、他国による占領という行為は逃れる事の出来ない運命だったのでしょう。

しかし、その度重なる占領という行為のお陰で、資源も少なく、人口も少ない国では、自らをフィンランド人であるというアイデンティティを確保するためには、「自らが優秀で無ければならない」という考えを導くに至ったのでは無いでしょうか。

そして、共に自分達が「フィンランド人である」という事を証明するために、同族民族であれば助け合い、敵は外にあるという意識を醸成した事が、今のグローバル社会で成功している背景にあるのでは無いでしょうか。

■北欧社会に学ぶ思いやりの心
少し余談なのですが、ここで簡単に北欧社会の「障害者」の概念について紹介させて貰います。

日本で障害者と言うと、身体に不自由がある人の事を想像する人が多いと思います。こういった思想のせいで、目に見えない心の病を抱えている人に対する偏見や、「障害者」と認定された人を、どこか見下してしまう文化があるように思います。

しかし、北欧の社会では障害者という考え方が異なります。北欧の社会での障害者の定義は「周囲と比較して、能力が劣る部分は全て障害である」とされています。何か特定の事を実行しようとした時に、それが得意な人と、苦手な人が居たとします。苦手な人が全て「障害者」と表現されます。

例えば、人と話すのが得意なAさんと、そうでないBさんが居たとします。そして、この二人で接客業をしなければならなかったとすると、Bさんは「障害」を持っている事になります。反対に、Aさんは計算が苦手で、Bさんは計算が得意だったりすると、お会計や値引き交渉の際には、Aさんが「障害」となります。

このように、誰にでも得意、不得意があり、状況が変われば誰でも「障害」になる。だから、万能な人間等存在しない、障害のある人間同士「お互いに支え合って生きていかないといけない」と教える。

だから、肉体的な障害、心の障害、学力の障害、様々な障害があったとしても、それは人間として当たり前の事であり、偏見や差別の目で見るのではなく、得意な人が助けてあげる。

本当の意味での思いやりのある社会、福祉の精神を子供の時から学んでいるのでは無いかと思います。

■国を思い、世界に目を向ける事が経済復興への道
今回のこの記事を書くに辺り、ほんの僅かですが、フィンランドという国を調べ、とても興味深い国だと感じました。にわかフィンランドファンで恐縮ですが、少数民族なので、そもそも自分達で争うという事より、一致団結して海外の企業と闘う。そのために、国はどうあるべきか?国民はどうあるべきか?を自分達の意思で考え、実践している国なのではないかと感じました。

では、日本を振り返ってみたらどうだろう?と考えると、昔から島国という環境で育った歴史もあり、外の国と闘うというよりは、日本国内同士で闘い、日本の中で一位になる事を競い合う文化があるのではないかと感じました。それが、そのまま現在の経済状況に反映され、国内企業同士で゛争っているうちに、世界から相手にされない国になり、海外に出ようと思っても国内の競争が厳しすぎて進出出来ない、という状況を作り出しているのでは無いかと感じました。

そこで、フィンランドに日本が学ぶとしたら?自らを資源も乏しい、小さな国であると考え、国民が愛すべき共通の言語となるべき文化を作り、日本という国全体が一丸となって、世界に目を向ける文化を醸成していく必要があるのではないかと思いました。

しかし、フィンランドと大きく異なる所は、日本という国は人口が多すぎ、高齢化の影響で若者の負担が多すぎるという点です。
U01_z23
出典:統計局「人口ピラミッド 平成62年(2050年)

これからの将来、日本の人口ピラミッドの中では、大多数を占める層は常に高齢者で占められ、人口が多いという事は政治も市場もその層を中心に作られます。マスメディアも、最も視聴者層が多い層をターゲットに報道を行うでしょう。若い世代の意見は黙殺され、高齢者優遇の政治が行われていくのではないかと想像しています。

もし、そんな世の中になっていたとしたら、その頃の若い世代は日本に希望を見出しているでしょうか?私はこれから30年後の未来に成人になる若者は、日本で働く事よりも、世界に散らばる事を選ぶのでは無いかと想像しています。そう、現在の中国やインドの労働者が日本に出稼ぎに来ているように。

もし、そんな未来が待ち受けているとしたら、日本人同士が競いあっていてどうなるだろう?華僑のように、世界の中で日本人同士が力を合わせて生きて行かないといけない時代が来るのでは無いかと思います。

日本人同士という民族の絆を強め、世界で戦える人材を育成するための教育、国民一人一人が賢くなり、将来世代のために行う本当の意味での国民のための政治を推進する。小さな国フィンランドから、これからの日本は学ぶべき所が多くあるのでは無いかと感じました。


■関連記事
 Twitter勉強会を成功させる三つのTips
 インターネット3.0 - 変化の兆候 - ① FCCと通信事業者
 インターネット3.0 - 変化の兆候 - ② FCCとCP
 1Gbpsの動向、ハイブロードバンド時代はGoogleにとって諸刃の剣
 

■四万人以上が閲覧した、当ブログの人気エントリー
 奇妙な国日本で、これから社会人になる人達へ
 【ネットの匿名性】 勝間 vs ひろゆき、について思うこと。

■一万人以上が閲覧した、当ブログの人気エントリー
 事業仕分け騒動。「光より速い通信技術」について思うこと
 電子書籍リーダが変える産業構造。消える産業、産まれる産業
 日本経済の不都合な真実
 SIMロック解除とSIMロック解除後の未来を考察する
 Twitterを初めたばかりの人が読むとちょっと良いこと

■著書及び自己紹介
大元隆志
IPv4アドレス枯渇対策とIPv6導入




■この記事を孫さんが呟いて下さったので記念に貼っておきます■

日本も負けられない‼ RT @AQ_fushiki さすがNOKIAの国。 世界で初めて「インターネットのブロードバンド接続を全国民の基本的権利」としたフィンランド http://goo.gl/sk2SMon Jul 05 11:44:35 via TwitBird

Comment(1)

コメント

日本はブロードバンド先進国だと思っていましたが、それでもまだ平成23年末で79.1%。フィンランドの96%はすごい。この国ではこの7月から「国民皆接続」の実現に向けた法律が施行されている(http://wirelesswire.jp/Watching_World/201205091051.html)。

コメントを投稿する