ICT業界動向やICT関連政策を基に「未来はこんな感じ?」を自分なりの目線で「主張(Assioma)」します。

ウッフィーのマネタイズ化は可能なのか?

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実は「ツイッターノミックス」を読んで居無いので、正確な所はわかりません。そもそも、普段からtwitter本や、ソーシャルメディア系の書籍という物はあまり読んでいないので、勉強不足だとは思います。そんな、状態で「ウッフィーを語るな」とお叱りを受けそうですが、大木さんのエントリーを読んで大変共感した。それと同時に、何か違和感のような物も感じました。

そこで、今回はウッフィーはマネタイズ出来るのか?何故ウッフィーは受け入れられているのか?を考えてみたいと思います。

■ウッフィーとは
タラ・ハントさんが著書『ツイッターノミクス』で提唱された概念。
ネット上で他人に貢献することで得られる信頼や評価のことで、いわゆる「お金」より価値がある「通貨」であるとされています。人に貢献する度に「持ち出し」が増えていきそうな気がしますが、「ウッフィー」がたまれば自然と「お金のほうからよってくる」ようになる、とネット上の解説では、記述されています。

■ウッフィーでお金は儲かるのか?
私も、ウッフィーの概念自体は、「素晴らしい!!」と感じたものでしたが、では「ウッフィー」を貯めて食べていけるか?という点に対しては疑問を感じていました。この点について、大木さんがズバッと意見を言われていたので、流石、実際に会社を経営する立場の方は違うなと感じました。

勿論、これから成功事例も出てくるでしょう。しかし、例えばウッフィーを貯めるために、ブログやTwitterを始めたとしてみましょう。そのブログやTwitterの中で幾ら周囲の人に施しをした所で、それがお金になるのでしょうか?日常起きた出来事、今感じた事を呟きあい、時に感謝されるようなアクションをネット上で行ったからといって、それがお金になるとはとても考えられません。

実際私も、身の回りで「ウッフィーで食っていく」と宣言し、会社を退職するような人にまだ会った事はありません。

お金に出来る人は勿論存在するのでしょうが、実際にはそういった方は氷山の一角であり、大半の人は生活していくのに十分な収入をウッフィーで得る事は難しいのでは無いかと思います。

■ではウッフィーは不要か?
では、ウッフィーなんて、ただのマーケティングワードか?と言われれば、それはそれで違うように感じるんです。これが、ウッフィーは儲からないと思いつつ、「要らないって事では無いんだよな」と感じた違和感です。

ウッフィーという概念が登場し話題になっています。その背景には「ウッフィーでお金が儲かる」という思いで賛同している人ばかりなのでは無く、いや、むしろ「ウッフィーでお金は儲からない」と分かっている人に、「ウッフィーを貯める行為」自体が評価されて、今の時代に受け入れられているのでは無いかと思います。

■ウッフィーはお金が儲からないと分かっていて、何故受け入れられているのか?
現代の社会人が貨幣経済重視の価値観に疲れてきているからではないかと思います。

私の書いた「奇妙な国日本で、これから社会人になる人達へ」のエントリーは嬉しいことにオルタナティブブログのアクセストップ10に度々登場するエントリーです。本来ブログという媒体の旬はせいぜい投稿してから2~3日でピークを迎えます。しかし、このエントリーに限って言えば投稿してから、もう一ヶ月近く立っているのに、未だにハテブは増加中だし、「IPv4枯渇」の話を新たに書くより、PVを毎日稼いでくれています。

このエントリーはとても長いエントリーなんですが、伝えたい事はシンプルです。「もうそろそろ、お金を稼ぐことだけが、人から評価するという価値観で過ごすのでは無く、もっとそれ意外の大切な物を見つけて新しい価値観で生きていっても良いんじゃないかな?」っていう事でした。

恐らく、こういった価値観に共感して下さった方が、口から口へと伝えて下さった結果、四万人以上の方に読んで貰う結果に繋がったのではないかと思います。

あまりに狭いリサーチで恐縮ですが、自分自信がこのエントリーが凄い世間の方々に受け入れられている様子をみていると、「ウッフィーの概念が受け入れられている」事がなんとなく、私には理解出来るんですね。

■ウッフィーを貯めて、お金以外の物を手に入れる
自分で言うのもなんですが、僕はウッフィーが少しずつ貯まってきているように感じています。勿論「お金は儲かっていません」が。

では、何故ウッフィーが貯まってきたと感じるかと言うと、最近は「誰か飲みに行きませんか?」と呟けば、付き合ってくれる人が居るし、「ただいま」と呟けば「おかえり~」と返事をしてくれる人も居る。「進路に悩んでいた所、ブログを読んで励まされ内定取れました」と報告してきてくれた学生の方も居る。

ええ、お金なんか一銭も入ってませんが、それでもなんだか、「嬉しい」って感じる事が多いんですね。自己満足と言われればそれまでですけど、これは「給料を貰う」というのとはまた違った嬉しさなんですね。

多分この「嬉しい」って感じる事が僕がウッフィーを貯めて、貯まったウッフィーで手に入れた物なんじゃないかって思うんですね。
ネットや、ネットで繋がった人、ネット以外の人達に対して「嬉しい」って感じて貰える事をすることが「ウッフィー」を貯める行為であり、自分が「嬉しい」って感じた時、それは自分が貯めたウッフィーで手に入れた物なんじゃないかなって思います。

何か見返りを求めるわけではなく、誰かに喜んで貰える事をすること、その行為自体が共感を得て居るのであって、「お金」はあくまでも二次的な物と理解されているのではないかと、僕は思います。

■多分みんな寂しいんです
いえいえ、とても充実した毎日を送っている方はたくさんいらっしゃると思います。このオルタナを書いてる人達は経営者が多く、バイタリティ溢れている人達ばかりです。

でも、みんな「明日を生きるために」一生懸命なんだと思うんですね。大木さんの考えはごもっともです。「経営者がウッフィーなんか貯める事に注力してたら会社が無くなる」そうですよね、僕も経営者なら同感です。

ただ、やはり今の経済状況は厳しい。いつリストラされるかもしれない、会社が無くなるかもしれない。契約が切られるかもしれない。みんな心のどこかに不安を抱えながら生きていると思うんですね。厳しい競争を勝ち抜くためには、同僚を出しぬかないと行けない時もある、他社には負けるわけには行かない、勝ち続けるためには一秒を惜しんで「お金を稼ぐ」事を考えないと行けない。

自己啓発に精を出すのもお金のため、お客さんに喜んで貰うのもお金のため、お金に繋がらない事は「全て無駄な時間」。そんな価値観の世の中で「純粋に誰かに喜んで貰う」っていう事を体感する機会が減ってきているんでは無いでしょうか?気力も体力も、社会的評価も得て居る。でも、どこか虚しくなる時もある。そんな事を感じている社会人が今の日本には増えてきているんじゃないでしょうか?

だから、ちょっと「お金」と切り離した所で、「純粋に喜ばれたい」そういう思いが「ウッフィーブーム」を支えているんでは無いでしょうか?「ウッフィーは心を満たす」心が満たされる事で、現実の社会の中でもより充実した生活を送る事が出来る。それが、結果として「成功」に繋がり「収入」を増やす事に繋がるんじゃないでしょうか?※収入を増やす事はあくまでも「副産物」であり、それが目的ではありません。

だから、僕は思います。ウッフィーでマネタイズ?「別にしなくても良いんじゃない?」って。「喜んで貰いたい」そういう自分の囁かな欲求に応えてあげるのが一番ですよ。

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■著書及び自己紹介
大元隆志
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Comment(4)

コメント

>ネット以外の人達に対して「嬉しい」って感じて貰える事をすることが「ウッフィー」を貯める行為であり

>何か見返りを求めるわけではなく、誰かに喜んで貰える事をすること、
>その行為自体が共感を得て居るのであって、「お金」はあくまでも二次的な物と理解されているのではないかと、僕は思います。

お金を稼いでも最終的には「嬉しいこと」に使いますもんね。
貨幣を通さず「嬉しいこと」を直接、手に入れるのですね。

大元さん、その通り!そこまで読み込んでいただいて感謝です。
ウッフィーではメシは食えない。でも、食っていく以外のことも重要。
いつ、どういうタイミングで、自分はどこにプライオリティを置くか、なんですよね。
メシを食うことを考えるときに、あるいはビジネスモデルを考えているときに、ウッフィーは登場しない、ということです。
で、ウッフィーに関わることを考えている楽しい時間は、ビジネスモデルのことは考えるべきではない、ということだと思うんですよね。

また、定例でお話ししたいですね。

>あうらゆうまさん
コメント有難う御座います。はい、「お金を使わずに、嬉しいと感じる事」を手に入れる手段と僕は思っています。

>ookiさん
メシを食うという観点では、うーん、やっぱり僕も「ウッフィーでは食えないよなぁ」と思います。
それに期待して、良い人を演じるというのも、なんだか偽善のような気がして、僕には向いてないなって思います。
ただ、お金は儲かるというのはおいといて「ウッフィー」の思想自体はやっぱり、僕は好きですね。世の中に「ウッフィー」という価値観が蔓延したら、それはそれで素敵な世界なんじゃないかなって思います。

また、是非定例の時にでも!

大元さん、こんばんは。
改めて考えてみたのですが、ウッフィーをビジネスモデルと一緒くたに考えている例が多いように感じます。
稼ごうとしているのだけど、稼げないとウッフィーに逃げる、というような。(具体例は避けますが)
ビジネスを考えるのであれば、ウッフィーはいったん置いておく。ウッフィーを考えるのであれば、その逆でしょうね。
大元さんの仰有るとおり、ウッフィーは素敵な世界です。
だからこそ、別に議論すべきなんでしょうね。

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