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【書評】ブラックスワンの経営学

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すっかり遅くなってしまったのですが、日経BPさんから『ブラックスワンの経営学 通説をくつがえした世界最優秀ケーススタディ』を頂戴しました。ありがとうございます。既に多くの書評で支持されていますが、その通りの良書でしたので、簡単にご紹介を。

ブラックスワンの経営学 通説をくつがえした世界最優秀ケーススタディ ブラックスワンの経営学 通説をくつがえした世界最優秀ケーススタディ
井上達彦

日経BP社 2014-07-19
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最近の経営本における傾向といえば、もちろん「データ分析」でしょう。ビッグデータ・ブームに象徴されるように、多くのデータを集め、そこから何らかの相関関係を見出すというアプローチが注目を集めています。もちろんそれも効果的な手法ですが、本書で取り上げているのはその逆。副題にある通り、ケーススタディ、すなわち事例研究の力を解説した一冊です。

統計学的なアプローチに注目が集まっている状況では、1つもしくは少数のサンプルだけを掘り下げるという話はピンとこないかもしれません。しかしよく指摘されるように、いくら大量のデータを集めたとしても、データ「だけ」に注目して分かるのは相関関係に過ぎません。なぜその相関関係が生まれたのか、という因果関係までは理解できないのです。もちろん複数の仮説を立て、それを1つ1つ検証していくことで、確からしい因果関係をつかむことはできます。しかし因果関係を探るのであれば、やはり目線を下げて、具体的な事例をつぶさに検討する方が効果的でしょう。そこから得られた仮説を再びデータで肉付けして、確実な理論として育てていくことも可能です。

たとえば本書の冒頭で、「世界が破滅すると予言したカルト教団が、予言が外れても求心力を失わないのはなぜか」というテーマが例に挙げられています:

 先の雑誌編集部の会話は架空のものですが、予言が外れても信仰心を失うどころか、むしろ強化したという現象は、有史以来、世界各地で繰り返し確認されています。

 レオン・フェスティンガーたちの研究チームは、史料だけでは飽き足らず、事例研究として、現実に活動している教団に潜入し、事例研究としてまとめました。その詳細は、『予言がはずれるとき』という書籍に書かれています。

このケーススタディから得られた情報を元に、フェスティンガーらは、「予言がウソだったとなると心の調和が崩れてしまうため、信者たちはさまざまな出来事に対する認識を歪めてしまうのではないか」と考えます。そして:

 1954年、この宗教団体に潜入して事例研究したフェスティンガーたちは、前掲の書籍をまとめました。そして、後に「認知不協和の理論」(cognitive dissonance)として体系的に説明したのです。すなわち、人は自分の中で矛盾する認知を抱えた場合、その矛盾から生まれるストレスを解消するかのごとく自分の認知を変化させようとするというメカニズムです。

 この因果のメカニズムについては後に実験によっても検証が重ねられ、理論としての地位を築きます。しかし、それに先だって、1つの事例を丹念に洗い流すという事例研究から、因果メカニズムについての仮説を導いたことを見落としてはなりません。

と、事例研究から得られた仮説が発端となって、有名な「認知不協和」という概念が生まれたわけですね。仮に「カルト教団が世界破滅の予知に失敗する」という事例が数百件あり、それぞれ十分なデータが収集できたとすれば、データ分析のアプローチからも同じ理論が導き出せたかもしれません。しかしそれはあまりに非効率で、現実的な話ではないでしょう。もちろんどちらのアプローチが優れているというわけではなく、両者の長所を活かすことで、より効率的な意思決定が行えると考えられます。

こうして本書では、事例研究の重要性と担うべきポジションを明らかにした上で、優れた事例研究を行う上でのノウハウを解説していきます。当然ながら、その解説の中でも興味深い事例研究が取り上げられていますので(いずれもアカデミー・オブ・マネジメントで最優秀論文賞を受賞したもの)、この事例研究を読むだけでも面白いかもしれません。個人的には第6章で登場する「優れた医療イノベーション」が普及しない理由、という研究が面白かったのですが、いずれの論文も、適切な方法で実施された事例研究がどれほどの力を持つかを強く印象づけてくれることでしょう。

もちろんデータ分析に注目が集まっているからといって、それだけで全てが解き明かせると考えている人は少ないと思います。ただ相関関係だけでなく因果関係を把握することが重要だと分かっていても、それをどう行えば良いのか、きちんと理解している人も実際には少ないのではないでしょうか。ビッグデータ全盛の時代だからこそ、本書のような一冊が、改めてバランスを取るという大きな役割を演じてくれるかもしれません。

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