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「顔が見えること」と信頼感

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いまここに3人の科学者がいるとしましょう。信じられないことに(?)3人ともツイッターをやっているのですが、そのスタイルはそれぞれ異なります。1人目の科学者がつぶやいているのは、自分の専門分野に関する学術的な内容のみ。2人目の科学者は逆に、自分の話などソーシャルな内容しかつぶやきません。そして3人目は両者の中間で、2つのネタを入り混ぜてツイートしています。

ではここで質問。あなたはこの3人の中で、誰に対して最も信頼感を覚えますか?――実はこれとほぼ同じ内容の実験が行われ、結果が発表されています:

The effect of Twitter posts on students’ perceptions of instructor credibility

エリザベスタウン大学のクリステン・ジョンソン氏が発表した論文。被験者である学生たちを3つのグループに分け、「講師がツイッターをしている」という状況を設定し、それぞれ上記のような3つのパターンでツイートを見せたそうです。その結果、学生の間で最も信頼感を獲得したのは……なんとソーシャルな内容だけをツイートした2人目の講師だったとのこと。学術的な内容だけ、あるいは硬軟入り交ざった内容を見せた場合よりも、ずっと高い信頼感が生まれたのだとか。

雑談をしてくれる先生には何となく親しみが湧く、という感覚は確かに分かります。とはいえ個人的には、時には専門的なことを喋ってくれた方が良い気もするのですが……。しかし学術的なテーマになると、その内容が正しいかどうかを理解して信頼できる・できないを判断するということが難しくなり、実際には信頼感には結びつかなくなるのでしょう。であれば与えらえた時間のすべてを雑談についやす、という先生が最も信頼を得るのも納得かもしれません(あくまでも実験の中ではの話であり、いつも授業が雑談で終わる先生は逆に「大丈夫?」と心配されると思いますが)。

またこんな話もあります。同志社大学の中谷内一也教授は、著書安全。でも、安心できない…―信頼をめぐる心理学』の中で、信頼感に関する「SVSモデル」というものがあることを解説されています。それによると、人は相手が自分と同じ価値観を有していると認識したとき、相手の発言を信頼するようになると考えられるとのこと。例えば「庶民感覚を持つ政治家」というものが(その発言の論理的な正しさが問われることなく)もてはやされる風潮、あるいは逆に「庶民感覚のない政治家」が(どんなに論理的に正しいことを言っていても)批判される風潮などにも、こうした心理メカニズムが働いているのかもしれません。

だとすると、「相手がどんなことを考えているのか、それは自分の思考回路と近いか」を判断できるツイートを数多くしてくれている相手の方が、信頼感を得やすいというのも理解できるでしょう。逆にそれが反感を呼ぶ恐れもあるわけですが、何の判断材料もなければ信頼はゼロのままなわけですから、リスクがあっても「顔が見えるような」発言をした方が良いという結論になるはずです。

そもそも信頼感が無ければ、どんな専門家であっても、相手に自分の話を伝えることはできなくなります。何でそんなところから始めなくちゃいけないんだ、と言われてしまうかもしれませんが、専門家は自分の説の「論理的な正しさ」を訴える前に、まずは自分が何者なのかを話すところからスタートすることを心がける必要があるのかもしれません。

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中谷内 一也

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