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暴徒か?秩序か?

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エジプトの混乱が続いています。一部には暴徒化するデモ隊もあり、ミイラなど歴史的遺産にも被害が出ているという報道があるのを耳にした方も多いと思います。しかし一方でこんな情報があることも注目すべきでしょう:

エジプト考古学博物館のミイラは「全て無事」=当局者 (ロイター)

エジプト考古最高評議会のザヒ・ハワス事務局長は6日、大規模な反政府デモが続く首都カイロのエジプト考古学博物館に先週暴徒が侵入したが、ミイラは全て無事だったと明らかにした。

これまで複数のメディアが、同事務局長の話として2体のミイラが壊されたと伝えていた。しかし、同事務局長は英BBC放送のインタビューで「(被害に遭ったのは)ミイラではない。CTスキャンの機械から頭蓋骨2つが持ち去られた。博物館は今日、すべてが元通りになるだろう」と語った。

また、ハワス氏は自身のウェブサイトで、ヒョウの上に立つツタンカーメン王の像など被害のあった70点の展示品は、すべて修復が可能だと説明した。

実はミイラが破壊されたというのは誤報であり、展示物についても修復が可能とのこと。被害が出ていることは確かですが、今のところ心配されたほどではないようです。

そもそも暴力を働いているのは大統領支持派であり(民主化を求めている人々は危険だというイメージを植え付けるため)、良識ある市民たちによって自警団が結成され、逆に博物館などを守っているという報道もあります。であるならば、あまり「デモ隊=暴徒」というイメージを持たない方が良いかもしれません。歴史的遺産の破壊という耳目を引く行為と、抗議活動が(意識的にではないにせよ)結びついてしまうことで、冷静な判断ができなくなってしまう恐れがあるでしょう。

そしてもう1つ。こんな情報もあります。以下はFacebookページ"We are All Khaled Said"(参考記事)に投稿された文章:

Welcome to the Republic of Tahrir square, Cairo: In addition to Freedom of speach & Democracy for all, we have the following FREE services: hospital, daily newspaper, kitchen for hot meals, security, artists corner, singing & slogans club, poetry competitions, border control, signs exhibition & political brainstorming sessions. Not only that, a free schol has just started were several languages are taught free.

My friend Mohammed set up a school in #Tahrir -- free languag... on Twitpic

カイロ、タハリール広場共和国へようこそ。ここでは全ての人々に言論の自由と民主主義が認められている。それに加え、次のような無料サービスも提供されている:病院、日刊紙、暖かい食べ物が得られるキッチン、セキュリティ、アーティスト・コーナー、歌とスローガンのクラブ、詩の大会、「国境」警備、サインの展覧会、政治に関するブレインストーミング。これだけではない。数種類の言葉について学ぶことができる、無料の学校も開始された。

友人のモハメッドがタハリール広場で学校を始めました――無料の語学講座です on Twitpic

(※オリジナルのページへはこちらのリンクからどうぞ)

"We are All Khaled Said"は市民の側から情報発信しているグループであり、その意味では政府からの「大本営発表」と同様にバイアスがかかっている恐れがあります。しかし確認できる範囲で他のソースをあたってみたところ、屋外病院の開設、新聞の発行("Solidarity"つまり「団結」という名前だそうです)、および食料の配給については他にも言及されている方がいらっしゃいました。どうやら僕らが(というより僕がですね)思っていた以上に、タハリール広場では秩序が維持されているようです。

残念ながら僕はまだ未読なのですが、先日の朝日新聞で『災害ユートピア』という本が紹介されていました:

災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか [著]レベッカ・ソルニット (asahi.com)

大災害が起きると、秩序の不在によって暴動、略奪、レイプなどが生じるという見方が一般にある。しかし、実際には、災害のあと、被害者の間にすぐに相互扶助的な共同体が形成される。著者はその例を、サンフランシスコ大地震(1906年)をはじめとする幾つかの災害ケースに見いだしている。これは主観的な印象ではない。災害学者チャールズ・フリッツが立証したことであり、専門家の間では承認されている。にもかかわらず、国家の災害対策やメディアの関係者はこれを無視する。各種のパニック映画は今も、災害が恐るべき無法状態を生み出すという通念をくりかえし強化している。

むしろこのような通念こそが災害による被害を倍加している。サンフランシスコ大地震でも、死者のかなりの部分は、暴動を恐れた軍や警察の介入による火災や取り締まりによってもたらされた。同じことがハリケーンによるニューオーリンズの洪水においても起こった。略奪とレイプが起こっているという噂(うわさ)がとびかい、被災者の黒人が軍、警察、自警団によって閉じこめられて大量に殺された。本書でも簡単に触れられているように、関東大震災では朝鮮人の大量虐殺がおこった。これも噂にもとづくものだが、その根底には朝鮮人の独立運動に対する国家側の恐怖があった。

反政府デモがあった。ならば現場は無秩序に違いない。彼らの声も分かるが、急速な変化は事態を悪化させるだけだ――そんな考え方が間違いだとは言いません。しかしそんな思い込みが意識のフィルタを操作して、「ミイラが破壊された!」的な情報に飛びついたり、逆に秩序の存在を示す情報を見落としてしまったりということは無いでしょうか。デモ->暴徒という分かりやすい構図がある時ほど、少しでも疑ってみるという姿勢を忘れてはならないと思います。

災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上るのか 災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上るのか
レベッカ ソルニット Rebecca Solnit

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