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「規制の中で生き残ろうとするなら、内心『しめしめ』です」

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「ヘアカット専門店」というお店があることをご存知でしょうか。都市部にお住まいの方なら「何をいまさら」と言われてしまうかもしれませんが、念のため解説しておくと、その名の通りカットだけをしてくれる理髪店のこと。カット後の洗髪もなく、切られた髪の毛は掃除機のような機械で吸い取る形式になっています。カットに特化しているので短時間で済ませることができて、しかも低料金。「そう言えば洗髪や髭剃りなんて自宅でできるよな、その分安くしてもらえて嬉しいし」と感じる方が多いのか、業界最王手のQBハウスを筆頭に、各地で出店が相次いでいます。

ところが「出る杭は打たれる」のが世の常ということで、ヘアカット専門店の進出を妨げようと、既存の理美容店団体から規制強化を訴える声が上がっています。具体的には「地方自治体に対し、(カット専門店なので必要のない)洗髪台の設置を義務付けるよう要請する」という手段に訴えているようなのですが、新聞やビジネス誌等で取り上げられることがありますので、この点についてもご存知の方が多いでしょう。ここでは参考として、2つの記事へのリンクを掲載しておきます:

街から消え始めた理容店 全国チェーン店が盛岡にも進出 (盛岡タイムス Web News)

同組合は構成員数の減少とカット専門店進出に危機感を抱き、04年には県議会に請願を提出した経緯がある。カット専門店が必要としない洗髪設備設置を義務づける内容で、カット専門店の進出規制と業界保護を求める内容だった。当時は県内にカット専門店は進出していなかったがその後、動きが出てきた。

激安理髪店潰し法案を理髪店組合が提出 (Another Aquatic Zone)

それが、上の提案が通って条例改正がなされると、QBショップは根本的に店舗の見直しを迫られることになる。カット専門のQBショップは、元々洗髪設備を持たないため、上下水道を必要とせず、大きなビルの入り口脇とか駅コンコース内とか狭い場所にも店舗設置可能で、それが初期投資の安さと客の来店の敷居の低さに繋がっていたと思う。しかし、洗髪設備の設置が義務化されると、そもそも今の店舗のほとんどが使用不可になってしまい、事実上廃業に追い込まれることになるはず。

ということで、単なる洗髪台の設置とはいえ、ヘアカット専門店にとっては影響が大きいのだろうな……と思っていたのですが。昨日の朝日新聞に、こんな興味深いコメントが掲載されていました。

専門店は当然反発するが、草分け「QBハウス」運営会社の岩井一隆社長は比較的冷静だ。「彼らが競争力を強化しようと自らを革新し始めるとライバルになるが、規制の中で生き残ろうとするなら、内心『しめしめ』です。」

(朝日新聞 2008年11月15日 第7面「政策ウォッチ」)

競争力をつけようとしているなら脅威だが、規制に守ってもらおうとしているなら安心だ――もちろん岩井社長は強がりを言っているだけかもしれませんが、かなり正直な気持ちを吐露している可能性が高いのではないでしょうか。一見すると、「お上による規制」というのは強力な敵のように感じられます。もちろん無視してよい要素ではないのですが、お客様は役所ではなくあくまでも消費者なのですから、消費者が支持するサービスを提供し続けていれば勝ち目はあります。しかも規制緩和の時代ですから、その規制が本当に業界団体だけのことを考えて作られたルールであれば、消費者の声を前にすればいつまでも存続できないでしょう。そんな頼りない手段であるのに、自分たちを守ってくれるシェルターだと勘違いしている企業は、自然と競争力も体力も失っていくはずです。

髪を切ってもらい、洗髪して、ついでにヒゲも剃ってもらう。さらに頭皮や肩のマッサージまで――などという昔ながらの「街の床屋さん」にだって、様々な魅力があります。そりゃカットだけなら10分で済むけど、1時間でゆっくり癒されるからいいんだよ、という方もいらっしゃるでしょう。自治体に規制強化を働きかけるのは1つの戦術なのかもしれませんが、ヘアカット専門店に「しめしめ」などと思わせないためにも、既存の理美容店からも新しい方向性が生まれてくることを期待しています。

【お知らせ】

3年ぶりに長期休暇が取れることになりました。来週一週間はのんびり過ごさせていただきますので、エントリが更新されなくてもご心配なく。

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