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ネット実名制――マスメディアはどうするのか

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時折思い出したように、浮かんでは消える「ネット実名制」論。最近はこの記事が議論を呼んでいるようです:

弁護士の小倉秀夫氏に聞く ネットでの誹謗中傷問題(中) (J-CASTニュース)

ブログや掲示板、ソーシャルブックマークでのコメントなどの場で様々な反論が出ていますが、僕がこの手の議論で最も強く感じるのは「なぜマスメディアでの実名制を先に議論しないのか」という点です。

上の記事で、「なぜネット実名制を唱えるのか」という問いに対し、インタビューを受けている小倉氏はこう発言されています:

発言の責任は、現実社会の自分が取るべきと考えるからです。それには、被害者からの法的責任、こういう人間であるという社会的責任があります。例えば、ある発言を取っても、医者が言ったと分からないと、正しいか判断しにくい。読み手がそれをもとに判断するのは必要なことで、悪いことではないと思います。肩書きで判断する人がいるとしたら、そうする人が悪いんです。実名と匿名が混在する現在のネット環境では、実名で発言する人はバカだということになってしまいます。実名の人は無限のリスクを負い、匿名の人は負わないということですから。

小倉氏の念頭には、ネットで事実無根の誹謗・中傷を流布される問題や、ネットいじめの問題があると思います。確かにこれらの問題は、何らかの手段で解決されなくてはならないでしょう。しかし、その解決策が「ネット実名制」というのではあまりに副作用が大きいのではないでしょうか――小倉氏自身が述べているように、「実名の人は無限のリスクを負う」のですから。

少し目線を変えてみましょう。「情報発信」とは、何も個人が行うだけのもではなく、そもそもつい最近まではマスメディアが担うものでした。そのマスメディアがどういう状況かといえば、とても責任ある情報発信ができているとは言えません。故意か否かを問わず、誤った情報や偏見のオンパレードで、様々な問題が起きているのはご存知の通りです。また例えば署名記事のように、「誰がこの発言の責任を負うか」が明確にされた上での情報発信というのも限られた形でしか行われていません(また「関係者によれば……のように、ソースが過剰に曖昧にされることも多いですよね)。実名制を導入するなら、まずは個人とは比べものにならないほどの規模と影響力を持つ「マスメディアでの情報発信」で行われるべきではないでしょうか。

それを行う前に、ネットでの実名制が導入されたらどうなるか。ネットという術しか持たない個人と、物量に勝るマスメディア(もしくはマスメディアを利用できる立場にある個人)が対立するような事態が起きたら、圧倒的にマスメディアの方が有利になるでしょう。匿名による問題が一部のネット上で起きているからといって、全面的に実名制を導入するというのはあまりにも短絡的な話です。

「そんな問題は起きない」というのなら、ますます先にマスメディアで実験してみて欲しいものです。そこでうまく活用できないようであれば、ネット実名制なんて無理な話でしょう。「我々は時代に先駆けて実名制を導入し、具体的な効果を上げてきた。他のメディア各社や、ネットでも導入されるべきだ」などと自ら実践した上で、この議論を行おうというメディアが登場しないでしょうか?

Comment(7)

コメント

阿部 徹

こんにちは

自治体から始めましょう!
土曜日休日も自治体から始まりました。

世の中のハブである自治体が始めれば
インターネット実名制の結果が分かると思います。

私自身
身近なところから推進していきます。

以上

小倉秀夫

私自身、ネットでの誹謗中傷を問題視する以前より、マスメディアによる虚偽報道を問題視して、何件か訴訟を提起したりしていますので、マスメディアの問題を軽視しているわけではありません。

 が、マスメディアの場合責任主体ははっきりしている(匿名の記者による記事の場合、「会社」としての表現であることは明らかであって、「あれは記者が勝手に書いたことであってメディアはその真実性を全てチェックするわけにはいかないから責任はない」等という弁明はさすがに言ってこないし、メディアを訴えたときに「担当記者が誰であったのか」を隠すことはまずありません。)のに対し、ネットの場合、アクセスプロバイダーもブログ事業者等も誰も責任を取らず、誹謗中傷が行われるままに放置されているわけです。

アキヒト

> 阿部 徹 さん
コメントありがとうございます。
そうですね、政府から「ネット実名制」を導入していく、というのも1つの実験として良いかもしれません。Wikipedia に政府関係者から大量に書き込みが行われていた、などという事件もありましたし。

> 小倉秀夫さん
コメントありがとうございます。また記事内で掲げた疑問についてご返答いただけましたこと、感謝申し上げます。

> 私自身、ネットでの誹謗中傷を問題視する以前より、マスメディアによる虚偽報道を問題視して、何件か訴訟を提起したりしていますので、マスメディアの問題を軽視しているわけではありません。

こちらについては、私の認識不足でした。申し訳ありません。小倉さん個人の問題ではなく、全体的な傾向として「ネット実名制とマスメディアの問題がセットで論じられない」という訴えだと思っていただければ幸いです。

> が、マスメディアの場合責任主体ははっきりしている(匿名の記者による記事の場合、「会社」としての表現であることは明らかであって、「あれは記者が勝手に書いたことであってメディアはその真実性を全てチェックするわけにはいかないから責任はない」等という弁明はさすがに言ってこないし、メディアを訴えたときに「担当記者が誰であったのか」を隠すことはまずありません。)

こちらについては、「メディアを訴えたときに」初めて情報が開示される、という点がポイントになるかと思います。例えば私一人が誤りだと知っている事実があるとして、それについてマスメディアの報道に抗議しても、恐らく「それを調べたのは○○という記者で……」という回答は返ってこないですよね。賛同者を集めて声高に抗議するか、裁判所に訴えるという行為が必要でしょう。つまり現状のマスメディアは、「(誰にでも簡単に持ち上げられるわけではない)厚いベールに覆われた実名制」と言えるかと思います。
※ちなみにPJニュース編集長の小田光康さんが、PJニュースに対して既存メディアから悪意のある報道がなされ、抗議しても訂正されなかったことを著書(http://tinyurl.com/2owxdc)で紹介されています。


しかしネット実名制は、文字通りベールも何もかかっていない、丸見えの状態になるわけです。これではネットの個人ユーザーの方が圧倒的に不利です。小飼弾さんが「こんな掲示板はどうだろうか。完全匿名制。しかし参加者の過半が「誰こいつ」ボタンを押したら、実名が晒される。」という提案をされていますが
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50989774.html
これならば、訴えがあったときに情報開示されるという点で、現状のマスメディアにおける「実名制」に近いと思いますが。

もしかしたら、小倉さんが思われているようなネット実名制の仕組みというのは、もうちょっと違う形かもしれません。しかし個人の責任論だけが追求されて、マスメディアの問題がなおざりにされる状況となることを危惧しています。

Toms

>小倉秀夫さん
>放置されているわけです。
マスコミも自動的に誹謗中傷が撤回されたりする事は無いわけで、当事者が請求かつ余程の違法行為などではないと滅多に謝罪も取り消しもしません。
それはやはりネットも同じで、請求さえすれば大抵対処されます。
見つけにくい、キリがない、といった面はあると思いますし、サーバーが海外である場合はなかなか難しい面があるでしょうが。
(ネットは決して誹謗中傷、違法行為がやりたい放題で『放置』される魔窟といったようなものではありません)

マスコミは会社としての表現、とあるように会社がある程度守ってくれます。
ネットの場合は誰も守ってくれませんから匿名という逃げ(?)になるのかもしれません。(訴訟リスクなどが大きい)

アキヒト

> Toms さん
コメントありがとうございます。

> ネットは決して誹謗中傷、違法行為がやりたい放題で『放置』される魔窟といったようなものではありません。

この点は重要ですね。個人的な感覚に過ぎないところもありますが、可能な限り犯罪行為に対応しているISPも数多く存在すると思います。誠実な企業がいる一方で、不誠実な企業がいるのはマスメディアも一緒でしょう。それがネットだと「悪い奴らがいる」面が強調され、マスメディアだと「普通はきちんとやっている」面が強調されるというのは、やはりおかしく感じます。

小倉秀夫

「それはやはりネットも同じで、請求さえすれば大抵対処されます。」というのは現実とは異なります。例えば、2ちゃんねる等の匿名掲示板でデマを投稿した上で、はてなキーワードにおいて、そのデマコメントにリンクを張れば、はてなは、根拠が明示されているとして、削除を拒否します。

また、他人の個人情報をネット上でアップロードしている人々にこれをやめさせるべく発信者情報の開示を求めたところ、ほとんどのISPはこれを拒否して、このアップローダーを全力でかばったのです。ニフティに至っては、アップローダーの側にあらゆる違法性阻却事由が存在しないことを被害者の側で立証せよと言ってきたわけです。その種のISPは非常に多くて、「自分たちにはそれが真実かを判断できない」ということを口実として被害者に悪魔の証明を押しつけて、被害者が泣き寝入りをするように仕向けます。

それが現在の日本のネット環境の現実です。

アキヒト

小倉さん
追加のコメント、ありがとうございます。ただ、「こんなケースがあった」という個々の事例の言い合いだけでは、水掛け論で終わってしまうと思います(違う記事を立てて、データに基づいて検証するというのであれば別ですが)。小倉さんご自身も追求されているそうですし、マスメディアとネット、どちらも「根拠の無いデマを流したときに責任を取る場合・取らない場合がある」ということでこの場ではまとめさせて下さい。

その場合、上記の議論の繰り返しになりますが、ネットの場合だけ「無条件で実名制」となった場合には、個人が圧倒的な不利益を被ることになるのではないでしょうか?責任ある対応をするISPもいる、そして匿名でも責任ある行動を行う人物もいる状況で、一部の事例だけを取り上げて「個人が一方的に不利になる状況をつくれ」というのはやはり極論のように思います。日本のネット環境「だけ」を見るのではなく、もっと広い視野で考えることが必要ではないでしょうか。

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