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子供たちを不幸にしていないか、と考えること

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最近、『2020年の日本人―人口減少時代をどう生きる』という本を読みました。タイトルの通り、2020年の日本社会はどうなっているのかについて、高齢化による人口減少という視点から考えた本。労働問題や都市問題など、扱われている分野も多岐に渡っていて、非常に考えさせられる本でした。直接仕事に役立つ、という本ではありませんが、夏休みで時間のあるときなどに読んでみるのに良い一冊だと思います。

ここで描かれている「2020年の日本人像」というものには、賛否両論あるでしょう。実際、同書では「○○という意見もあるが、私はこう思う」という形式で解説がされているので、楽観論から悲観論まで様々な意見があることが分かります。残念ながらこの本がどこまで妥当なのかは僕には分かりませんが、1つだけ強く印象に残ったのは「現在の選択が、未来を決める」という点でした。

そんなの当然、と言われてしまうかもしれませんが、私達はその恐ろしさを十分に認識していないのではないでしょうか。例えば、そもそもなぜ日本だけが「急速な高齢化」という問題に直面しているかについて、同書ではこう解説されています:

日本はベビーブームのさなかの1950年代に、食糧難もあって、大規模な産児制限を行った。そのとき大きな役割を果たしたのが48年に制定された優生保護法である。一方、ドイツは東西分割等による労働力不足を補うため、一時期、外国人労働力を積極的に活用したが、それがさまざまな社会的問題を惹起したことから、その後は厳格な抑制に転じた。そのためにドイツと日本には人口の山とその左側に谷ができた。

ただし日本は自国民人口をいじったために、結果として山がもう1つできた。第二次ベビーブームの世代である。そしてその第二次ベビーブームの存在が、ドイツに比べても労働力の減少がはるかに長期にわたり、かつ既にみたようにその高齢化の速度もはるかに速くなる理由である。

つまり過去において選択された「産児制限」という政策によって、極端に人口の多い世代(山)と少ない世代(谷)が生まれてしまい、現在の「急速な高齢化」という問題につながったわけですね。当時はその政策が妥当とされていたのですから、過去の人々を責めるわけにはいきません。しかし、良かれと思って選択された行動でも、将来に大きなインパクトを与える結果になるという点については、十分に認識される必要があるのではないでしょうか。

以前のエントリの中で、『ローマ人の物語〈1〉』の中にこんな一節があることをご紹介しました:

改革とは、かくも怖ろしいものなのである。失敗すれば、その民族の命取りになるのは当然だが、成功しても、その民族の性格を決し、それによってその民族の将来まで方向づけてしまうからである。軽率に考えてよいたぐいのものではない。

現在も「改革」という「正しい選択」のイメージの下で、様々な政策が選択されようとしています。しかしその選択が自分の子供たちの世代にどんな影響を与えるのか、すなわち「日本人という民族の将来」まで考えられているでしょうか。目の前の問題を今すぐ解決することだけに目を奪われると、子供たちに不幸を先送りする結果になるのではないかと思います。

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