あれこれ考えるよりも作ってしまった方が早いんじゃね?と思う、ギークなサラリーマンのアジャイルな日々。
初回の投稿から、さっそく日があいてしまったわけですが、
今日は前回の小学校編の続きということで、いよいよ?
「デジタル変態誕生の道、中学生編@サトームセン」です。
さて、私の通学していた中学校は、神奈川県の相模原市にある
公立の中学校だったのですが、今考えると当時としては、
情報教育が進んでいた学校ではないかと思います。
校内にPC教室があり、そこには約40台のNEC製の
パソコン(確かPC-9801UX)が導入されていました。
情報という科目は無かったのですが、技術家庭の授業の
中で2年次にプログラミングの単元がありました。
私にはひとつ年上の兄がいたのですが、ある日その兄が
持ち帰ってきたプログラミングのテキストを見つけ、
もともとファミリーベーシックみたいなプログラミング
ツールに興味があった私はそのテキストを読んで、
猛烈にプログラミングがしてみたくなったのです。
とはいえ、家にはパソコンはなく、当時今と比べて
とても高価だったパソコンを自分のお小遣いで
買えるわけもありません。
そこで中学一年だった私がどうしたかというと、
住んでいた駅の駅前にあったサトームセンという
電気屋さんのパソコン売り場に放課後入り浸り、
展示されていたパソコンに、店員の目を盗みつつ、
同じく兄が持ち帰ってきたN88-BASIC(86)の
フロッピーを入れて、プログラミングの勉強を
始めたのです。
テキストの内容は定番のHello worldから、
簡単な四則演算、単純なグラフィックを描くくらい
だったと思いますが、そのテキストの内容を終えた
私はすっかりプログラミングの虜になっていました。
もっといろいろなものを作ってみたいと思った私は
市立図書館でBASICの本をあるだけ借りて、
その後もサトームセン通いを続けました。
もうその頃には、店員とも顔馴染みになり、
店頭デモ用のグラフィックを表示するような
スクリーンセーバープログラムを書いてあげたりも
するようになりました。
当時はWindows 3.0が出たばかりのころでしたが、
一太郎のようなワープロソフトや、
Lotus 1-2-3のような表計算ソフト、
花子のようなベクター系グラフィックソフト、
Z's STAFF KID98のようなDRAW系お絵かきソフト、
マイクロソフトフライトシミュレーター2のような、
ワイヤーフレーム3Dゲームなどなど、
電気店という環境もあり最新のソフトウェアを
色々使うことができました。
そのなかでも、私が特に興味を持ったのは、
名前は忘れましたが、テキストアドベンチャー
ゲームとグラフィックソフト、Flight Simulator
のようなシミュレーションゲームです。
特にテキストAVGやシミュレーションゲームを見て、
プログラミングを覚えれば、自分の頭と時間さえ
あれば、どんなものでも作れそうだと思ったのを
今でも鮮烈に覚えています。
また、店内ではシャープのX68000の展示として、
SIGGRAPHで発表されたCGムービーのデモムービーも
流されていたので、それを見て、中学生ながらに
コンピューターの可能性、将来性に衝撃を受けました。
プログラムにはまった私は、毎日、サトームセンに通っては、
自分でグラフィックソフトを作るために閉域をいかに
効率的に塗りつぶすためのアルゴリズムを研究したり
(閉域の中にさらに短形があったり、凹状のものが
あったりすると大変なんですよね。。)、
N88-BASICで実現できないような内容をCall文を
調べてマシン語で実現したり、滑らかなアニメーションを
実現するためにフレームバッファを活用することを
覚えたりと、情報の授業が始まるまでには、
いっぱしのプログラマになっていたわけです。
そんなこんなで、技術家庭の先生が教える情報の授業が
始まったのですが、なにせその前年から始まった授業なので、
木工や金工を教えていた技術の先生が一朝一夕で
プログラムを教えられるようになるわけがありません。
すっかりプログラムが得意になった私は、
先生からPC教室の鍵を借りて、放課後には先生に
プログラミング研修をするなんてことまでしていました。
授業の方はと言えば、テキストの内容があまりに退屈なので、
空いた時間で、BASICコンパイラを使って、N88-DISK BASICの
フリをするEXE実行ファイルを作り、それをautoexec.batに
登録したディスクをAドライブで起動すると、Bドライブの
FDDに自身を複製するなんていうウィルスまがいのものを
作ったりもしました。。
そんなハッキング中学生も、中学3年生になる前に、
学習塾をさぼってサトームセンに出入りしていたことが
バレてしまい、サトームセン出入り禁止の令が出て、
高校に入学するまでしばらくの間、プログラミングとは
離れることにあいなってしまいました。
中学編はこんな感じですが、またもや長くなってしまい
ましたので、この辺にさせていただき、
次回に続きを書かせていただこうと思います。
今回も、ここまで長文・乱文にお付き合いいただいた方、
ありがとうございました!
コメントなどいただけたら嬉しいです!

富士通元社長の山本卓眞氏が残した次代へのメッセージ
Facebook就活はもう古い?
東北をコットンの生産地としてブランディングしたい──リー・ジャパン・細川取締役
東北から始まるイノベーション
貧困国の雇用を創出する印刷屋、丸吉日新堂印刷の挑戦