オルタナティブ・ブログ > マーケティングメトリックス研究所 ITmedia派出所 >

身近にあるデータ、具体的な事例、簡単な手法、分析をもっと面白く

大阪都構想はなぜ否決されたのか?をデータジャーナリズムする

»

今回はデータジャーナリズムに挑戦します。

お題として、大阪人にとっては未だ記憶に新しい大阪都構想の是非を問う選挙(大阪市特別区設置住民投票のこと、以降は都構想選挙)を扱います。

※そもそも大阪都構想って何だっけ?という方は、wikipediaのまとめを参照してください。


大阪都構想の調査・分析に挑むにあたり、2つのことを明らかにしたいと考えています。

1つは、データを使って何が起きたのかを「見て解る」ようにしたいと考えます。難しい論評を使わずとも、グラフだけで何が起きたかを表現する。それがデータを使う醍醐味です。

もう1つは、データを分析して大阪都構想が否決された理由を探したいと考えます。数字で物事を捉えて、論理的に考える。それが分析の醍醐味です。


都構想選挙のおさらい

2015年5月17日に行われた都構想選挙は、以下のような結果となりました。


001


当日の有権者数210万4076人中、投票したのは140万429人、投票率は66.83%と極めて高く、市長選挙に限定して言えば昭和38年(1963年)の68.14%まで遡る必要があり、ここ数十年の投票率の低さを考えると、関心の高さが伺えます。

結果としては反対派が僅差で勝利を収めましたが、その差は10,741票で総得票数の0.76%と薄氷の勝利でした。


一方で、区単位での票数を見ると、その景色は大きく異なります。


002


大阪市24区中、反対派の割合は41%から56%と幅広く、特定のデモグラフィックによる影響が伺えます。

特に南北で意見が分断されているように見えるので、これを「大阪南北格差」「大阪南北戦争」と揶揄した評論家もいました。


さらに、報道各社による年代別出口投票の結果を見ても、特定の偏りが表れています。

もっとも大規模な出口調査(市内24区投票所280カ所有権者1万77人が対象)を行った読売新聞社・読売テレビの調査結果を参考に票を作ると以下のようになりました。


70代以上が反対派多数を占める。


各年代で賛成派が反対派を上回っていますが、70代以上のみが反対派が大きく賛成派を上回っています。

今回の結果からして「シルバー民主主義の勝利」「老人が大阪と青年の未来を奪った」と嘆いた評論家もいました。


しかし、これらのデータを持って、そのように評価を下すのは正しいのでしょうか。

事実はひとつ、解釈は人それぞれ、真実は無限大と言いますが、私たちは人によって違う解釈を事実だと思い込んでいないでしょうか。


データで振り返る①「大阪南北格差」は本当か?

大阪都構想選挙の結果に関して大阪南北格差問題を取り上げた論評としてもっとも有名なのは古谷経衡氏の以下のコンテンツだと思われます。

「大阪都構想住民投票」で浮き彫りになった大阪の「南北格差問題」

http://bylines.news.yahoo.co.jp/furuyatsunehira/20150518-00045813/

要約すると、以下になるでしょうか。

=======================

・大阪市北部は「賛」、大阪市南部は「否」と区分されている。大阪の北と南は、まるで「南北格差」の様に、街の情景が全く異なっている。

・比較的所得水準が高く、都市の再開発も進んでいる「キタ」を中心とした大阪市北部と、高度成長時代の産業構造を転換することができず、成長から置き去りにされた、低所得地域が多い大阪市南部の格差である。

・人民は貧しさの中、遠大で崇高な目標よりも、その日の晩飯を喰らう日銭を重視したのである。貧しすぎると人々は却って保守的になり、革命や改革は起こらない。

=======================

キタは栄えて東京にも負けていないが、ミナミは古い大阪のまま、ぼろっちい。それって金が無いからだろ?というわけですね。

しかし解らないのが、わたしは大阪市に四半世紀住んで大阪府内の南北格差は聞いたことがありますが、大阪市内の南北格差なんて聞いたことが無いのです。おそらく古谷氏が初めて言い出したのではないでしょうか。


データで証明していきましょう。

所得水準が高い「キタ」と所得水準が低い「ミナミ」(そうは言っていないがそう読める)という表現が、すでに大阪を知らないモグリの証拠です。

古谷氏の言う「ミナミ」には、大阪が誇る高級住宅街・帝塚山(阿倍野区~住吉区)や北畠(阿倍野区)や真法院町(天王寺区)があるからです。

ちなみに各区単位で見る想定平均年収は以下の図の通りです。


各区の平均年収を五段階で色塗り。


合わせて、平均年収1000万以上の世帯が、全世帯を占める割合を区単位でマッピングしてみました。


各区の高額年収世帯割合を五段階で色塗り。


圧倒的に強い天王寺区、そして阿倍野区。東住吉区には山坂や南田辺周辺にタワーマンションが建っているので、そうした影響も現れているかもしれません。

さて、これのどこが南北所得格差なのでしょうか。というか「キタ」所得高いですか?市内と比較しても普通ですよね。


天王寺区、阿倍野区に加えて高額所得者が多い旭区まで加えてみると、いずれも反対派が多数を占める結果になります。貧しいと保守的になる? ほほぅ、って感じです。

高額所得者が大阪都構想に反対したという数字は残っていないので、古谷氏の論評が正しくないとまで言い切れないですが、少なくとも出処の違う数字で「論の根拠の薄さ」は伝わったでしょう。


ちなみに6年も前の記事ですが、大阪市内に高額所得者は減り、みんな郊外に住んでいるという事実もあります。

強い「東京都」ブランド、郊外に集中する大阪

http://president.jp/articles/-/1437?page=3

南北格差というか、市内外所得格差ですね...。

大阪都構想の本来の目的は、こうした「仕事を市内でして家は市外に建てる」という状況を打破し、市民税を大阪市に取り戻すことにあったと思うのですが、いろいろ紆余曲折ありましたね。堺市長に裏切られたり。


データで振り返る②「シルバー民主主義の勝利」は本当か?

シルバー民主主義を強く訴えていたのは、私の記憶の知る限り辛坊治郎氏だったと思います。朝の情報番組で「これからの世代がかわいそう」と訴えていました。

しかし、先に出した出口調査結果を見て高齢者の勝利と断定するのは違和感を覚えます。なぜなら分母の記載が無いからです。

そこで、この出口投票の結果と、大阪市選挙管理委員会が公表している年齢別投票行動の結果を照らし合わせてみました。

まず世代別の有権者数と投票率、実際の投票者数をグラフでまとめました。


ブルーは男性、オレンジは女性の投票者数(左軸)。折れ線は投票率(右軸)。


この投票者数を、出口調査の結果にマッピングしましょう。その結果は以下の通りです。


出口調査の結果と市選管発表数字を掛け合わせ。


賛成派が約10万票近い差を付けて勝利してしまいました。...あれ?って感じです。

出口投票の結果が間違えている可能性が高く、標本の誤差があると考えて割合を2%反対派に移しても実態に近付かないため、結局5%も反対派に移してようやく実態と同じになりました。

出口調査の結果を5%も弄らないと実態に同じにならないということは、次の3つしか考えられません。

1:出口調査の方法が間違っている。

2:出口調査に回答した人が実際とは違うことを言っている。

3:選挙管理員会が数字を誤魔化している。

16年6月に行われたイギリスのEU離脱国民投票も、同じような現象が起きました。事前の世論調査とは異なり、賛成派が多数を上回ったのです。

ちなみにイギリスの場合は2だったようですね。自分ひとりぐらいが投票結果と違うことも言っても大丈夫だろう。その心理には、実際と建前の世界があるのでしょうか。

通常の選挙とは違い、ワンイシューの投票は「自分の考えていることと違うことを言ってもいい」と思っている人が少なからずいるのかもしれません。


それにしても、この出口調査の結果だけで「シルバー民主主義の勝利」と言い切った人々は、自ら「私はグラフ・表が読めません!」と宣言しているようなもので、ちょっとアレですね。


何のデモグラフィックが賛成・反対を際立たせたのか?

大阪都構想に関する主な論評に新たな「解釈」を述べたところで、じゃあどのようなデモグラフィックが有効だったのか?について探してみたいと思います。

tableauを使って散布図で可視化してみました。

賛成・反対に分かれるデモグラフィックとして、転入数、転出数、婚姻、高齢化率が考えられそうです。ちなみに、転入数をその区の人口で割った転入率を指標として作成し散布図を作って見ましたが傾向はほぼ一緒なので数のままにしています。

大阪市といえば、全国の自治体と比べても突出して高い生活保護受給者を多くの人が思い浮かべるでしょう。散布図でみると、西成区という超・特殊要因を除いて考えても、生活保護需給と反対率に相関関係があるとは言い切れない結果でした。

イギリスのEU離脱是非を国民投票では、guardian紙が各地区単位のデモグラフィックを調べて、どうやら高等教育を受けた比率が高いほど残留派が多いという調査報道を発表しましたが、今回の大阪都構想でもその傾向が無くもないです。

ただし阿倍野区、天王寺区という「特殊要因」があるので、なぜ反対派が多数を占めたのか考えないといけません。


つまり1つの指標だけで影響を与えたと考えるのでは無く、複数の要因が相重なったと考えてみます。

決定木分析を用いて賛成・反対の理由を考える

反対率をy、デモグラフィックをxとする重回帰分析を行い、説明変数xを減らしたり増やしたりしながら、当てはまりが良く説明できるモデルを2つ作ってみました。

最後にそのモデルをベースに決定木分析(分かりやすいようyを「賛成・反対」にしたので分類木となる)を行い、賛成・反対に別れた要因を明らかにしたいと思います。


1つ目は、反対率と最も相関係数が高かった婚姻(人口千対)です。さらに「区税収」と「一人あたり税収」を入れることで自由度調整済みの決定係数が0.7577となりました。

この3つの変数で決定木分析を行ったところ、以下のようになりました。

008

まず、婚姻数が多いか否かで二分されています。人口千対なので、その数が多いということは傾向として新婚が多いということです。20代〜40代が相対的に多い区というイメージを抱きます。

中でも、その街に初めてやってきた割合も多いでしょう。区単位の偏りは、住みやすさ、暮らしやすさへの影響もあるかもしれません。そうした人が大阪都構想が賛成したくなる解釈を下したということではないでしょうか。

ただし、転入数を説明変数に追加してみると重回帰分析の自由度調整済決定係数が下がってP値も上がったので、その年転入してきた新参者だけで考えるのはダメそうです。

一方で、一人あたり税収が少ない、区税収が少ない区も賛成に回っています。この税収の少なさは、区自体の貧しさを表しているのではないかと推察します。このままジリ貧で衰退していくぐらいなら何かを変えたほうが良いと思った区民が多いのかもしれません。

そうなると天王寺区の「反対派多数」も意外と腹落ちします。区全体は相対的に貧しくなく、生活保護の数も少なく、教育環境もよく、何かを変える必要に迫られていないのですから


若者 v.s. 年輩の構造という気がしないでもなかったので、2つ目のモデルの軸に高齢者率を選びました。さらに「転入数」と「転出数」を入れることで自由度調整済みの決定係数が0.7181となりました。

この3つの変数で決定木分析を行ったところ、以下のようになりました。

009

区民の約25%が高齢者に分類されると、漏れなく反対派が優勢になっています。こうして見て、ようやく「シルバー民主主義の勝利」と言えなくもありません。

実際のところは高齢者の意見が通りやすいというより、相対的に見て高齢者の多い地域が反対派を占めているというに過ぎませんが。

もっとも高齢者が多いということは、付き添いや介護している人たちの割合も多いということです。そうした人たちにとって、大阪都構想は反対したくなる解釈を下したということではないでしょうか。

さらに、転出数が転入数を上回っている西淀川区が反対派優勢になるということは、やはり最近引っ越してきた「ヨソモノ」に大阪都構想は聞こえが良くても、長年住み続けている住民にしてみれば「そんな改革ぐらいで現状が変わるのかね?」と思えたのかもしれません。


おわりに

新参者 v.s. 古参者という構図で「大阪都構想」を捉えると、また違った報道になったのではないでしょうか

今回の分析からは、何かを変えるということに対する(年齢問わず?)古くから居る人間の心理的抵抗が思ったより高かったことが大阪都構想が敗れた要因だったのではないかと推察されます。あくまで「仮説」ですが。

もし大阪都構想へ再挑戦が今後あるならば、この「抵抗」をいかにして薄めるか?(あるいは高めるか?)が鍵だと思われます。

その試金石になりそうなのが、参院合区問題ではないでしょうか。


今回のようなデータジャーナリズムが日本中で勃興するように、大阪市選挙管理委員会含めもう少しデータを公開してほしいなぁと思います。

現在公開されているデータだけでは、どえりゃあ苦労しました。せめてコホート分析ができるように、区単位・年齢階層単位で賛成・反対票を明らかにして欲しかった。

すべては、今後2年以内に間違いなくあるであろう憲法改正の是非を問う国民投票までに、データによるジャーナリズムが定着するために


<参考(データ元について)>

・転入数、転出数:http://www.city.osaka.lg.jp/shimin/page/0000213183.html

・犯罪率:http://www.city.osaka.lg.jp/shimin/category/700-9-2-1-0.html

・婚姻、離婚、出生、死亡:http://www.city.osaka.lg.jp/kenko/cmsfiles/contents/0000277/277916/H26-01jinnkoudoutaisourann.pdf

・高等教育卒業者比率:http://kishibaru.cocolog-nifty.com/blog/gakureki_kinki_mr.html

・平均年収、年収千万比率:http://media.yucasee.jp/posts/index/14177/1 および http://shimz.me/datavis/mimanCity/

・高齢化率:http://www.city.osaka.lg.jp/kenko/cmsfiles/contents/0000278/278417/1__zinnkou.pdf

・生活保護:http://www.city.osaka.lg.jp/fukushi/page/0000086901.html

・平均年齢、平均年収、空き家率:http://www.stat.go.jp/data/s-sugata/

・各区税収、一人あたり税収:http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/9799/00056953/shiryou06_05_zeishu.pdf


Comment(0)