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先輩道、後輩道の山崎式三箇条

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「職場の先輩・後輩関係において、「よい先輩」、「よい後輩」であるための心得とは?「山崎流」先輩道、後輩道を、三箇条にまとめて考察する。

職場による先輩・後輩関係のちがい

 職場というものにはたいてい先輩がいるし、やがて気がつくと自分に後輩がいるようになる。先輩・後輩という関係をどう結ぶかは、職場の人間関係にとって重要だ。

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 プロ野球選手の世界では、先輩・後輩を決める物差しは「年齢」なのだと聞いた事がある。プロ野球選手は、高卒・大卒・社会人など、様々なタイミングで球界に入るわけだから、年齢を物差しにするのが便利なのだろう。一歳下の相手には実績のある大選手でも「○○クン」と呼んでいいらしい。逆に、一つでも年齢が上の相手には「××さん」と呼ばなければならない。

 運動部経験のない筆者などは、そうまでして先輩・後輩にこだわる必要があるのか、とも思うところだが、体育会系100%の野球選手の集まりともなると、そうは行かないのだろう。

 一方、官僚の世界では、入省した年である「年次」が人的識別の基礎になるので、年齢ではなく、入省年の遅早が問題だ。特に「キャリア」と呼ばれる上級職公務員は、一定のポストまで年次順に出世するのが普通であり、人事は年次を中心に行われる。彼らにとって「年次」の意味は重い。

 筆者が経験したことのある世界では、国内系の銀行や証券会社、商社も、おおよそ年次が重要だ。特に、銀行に中途入社するような場合、「キミは○○年入行扱いだ」などと、「換算年次」を割り振られる事もある。比較すると、銀行の方がより官僚の世界に近い。

 一方、外資系の金融の世界では年齢や年次が形式的に意識される事が少ない。とはいえ、業界の経験年数のちがいなどで、ある種の先輩・後輩関係ができることはある。また、日系の会社から、先輩・後輩関係を持ち込んだまま外資に転職して来る人もいるので一通りではない。また、国内系の会社から外資系の会社に移る場合、自分の上司が自分より年下である事を知って「心が波立つ」人が少なくない。もっとも、本社から来る上級管理職には若手が少なくないので、外資では、年齢と地位の逆転に早く慣れておくほうがいい。

 さて、本稿では、職場の先輩・後輩関係にあって、「よい先輩」、「よい後輩」であるための心得をそれぞれ三箇条にまとめて述べてみたい。

 あらかじめお断りしておくが、先輩・後輩のあるべき姿に関して、筆者の考え方は、世の中の平均とは、いくらか異なるかも知れない。

 前述のように、筆者は、運動部経験を一切無しに就職したので、先輩・後輩という人間関係をいわば空気のように感じる感性は養われなかった。しかし、筆者が当初務めたのは、国内資本の商社、金融など、先輩・後輩の人間関係がはっきりした会社だった。そのため、先輩・後輩という人間関係に対して、最初から幾らか反発し批判的な目が養われたと思う。

 以下は、いわば「山崎流」の先輩道、後輩道、だ。それぞれ、三箇条にまとめてみた。

良い先輩道の三箇条

 早速、先輩道の三箇条を並べてみよう。

良い先輩道の三箇条

その一、先輩だから後輩より偉いとは思わない。
その二、知識と飲み食いは、後輩に惜しみなく与える。
その三、後輩からは感覚を学ぶ。

 「先輩」の立場にある者にとって、何と言っても、先輩であることに油断するのが一番いけない。「自分は後輩よりも先輩なのだから、先輩として尊重されて当然だ」と思うのが、油断した先輩の主な特徴だ。仕事の上でも、人間的にも、後輩が先輩を上回るようになることは珍しくない。

 しかし、特に日系の多くの会社にあっては、「年功序列」のうち、ともすれば「年序列」だけで先輩が先に出世したり、給料が高かったりすることが多い。これを「当然だ」と思うようでは、油断が生じる。

 一般に後輩は、先輩のことを割合正確に観察し、評価している。世の中の多くのマネージャー・管理職がしばしば語るように、地位が「上から下」の者を評価するよりは、「下から上」を評価する方が、早く正確に人物評価できることが多い。上の者は、権限が大きい分、判断力が問われることもあるし、偉い立場の方が人の振る舞いの差が出やすいのだ。つまり、後輩の側では一応先輩を立てる形で人間関係を結ばざるを得ないのに対して、先輩の側では、威張り方の程度や後輩への接し方について選択肢が多く、人柄・力量が表れやすいのである。

 後輩達から見た自分の評価の良し悪しは、仕事のし易さにも関わるし、ひいては職場における自分の人事評価にも影響して来よう。先輩だからといって、後輩に「油断」してはいけないと申し上げて置く。

 気の持ち方としては、「ただ先輩だというだけで、組織内で後輩よりも優遇されていることについて、申し訳ない」と思っているくらいが、後輩に対して心理的な隙を見せないために、丁度良い。

 そして、「申し訳ない」気持ちは、後輩に仕事の知識を惜しみなく与えることと、或いは仕事でなくても、飲み食いの払いを積極的に持つことで表すといい。

 営業職だと、仕事の知識は与えられても、顧客は渡せないといったことが起こる(特に外資系の会社の場合は)。エンジニアの場合、後輩相手でも競争関係にあると渡せない知識があるかも知れないが、それでも、伝えていい知識は丁寧に惜しみなく後輩に伝えるのがいい場合が多い。

 後輩から100%の恩返しは無いかも知れないが、「与える・与えられる」という事実の積み重ねは、人間の上下関係を固めて行く。「与え損」を心配するよりは、与えられるうちに与えておく方がいい場合が多い。むしろ、今後も後輩に与える立場であり続けるように、後輩の存在を励みにしよう。

 また、後輩にものを教える一方ではなく、後輩からも吸収できるものがあれば、吸収しよう。ビジネスの一般論で言うなら、より若い人の方がフレッシュなものの感じ方を持っていることが多いので、後輩からは感覚を学ぶという心掛けを持とう。より若い世代の感覚を理解することで、自分のビジネスパーソンとしての耐用年数を延ばすことが出来よう。

 筆者が過去に会った先輩で、もっとも印象的なのは、最初の会社で新人の指導者として筆者に付いてくれた十歳上のNさんだ。

 Nさんの口癖は、「うちの会社の人はみんな優秀だけど、人間は20歳を過ぎたら進歩するものではないから、好きなことをすればいい」であった。10年もちがうと日本の会社では大先輩だが、少しも先輩風を吹かせることがなかった。

 仕事は時間を掛けて遅い時間まで丁寧に付き合ってくれたし、その後に、毎日のように飲みに誘ってくれた。Nさんは、サラリーマン生活を通じて費用にしておそらく家二軒分くらいのお酒を飲んだ酒豪だったが、生意気な新人だった筆者にふんだんにお酒を飲ませてくれた。もちろん、払いはNさんで、「あなたが先輩になった時に、後輩に飲ませてやってくれればいい」というのが、彼の言い分だった。そして、筆者が遅い電車で独身寮まで帰ろうとする時には、駅の売店で日刊紙を買って、「寝るなよ」と言って渡してくれるのだった。

 Nさんには、今でも時々お目に掛かることがある。もちろん、師弟でお酒を飲むのだ。

良い後輩道の三箇条

 良い先輩の期待にも応えられる「良い後輩道」の三箇条を考えてみた。

良い後輩道の三箇条

その一、仕事の知識は「盗む」が基本。
その二、先輩とは「対等」だと覚悟する。
その三、良い先輩になる準備をする。

 組織にあって望ましいことは、後輩が早く先輩のレベルに追い着き、願わくは先輩を脅かすことだ。

 もちろん、仕事のやり方やさまざまな知識に関して、先輩に聞くことはあろうが、早く仕事を覚えるためには、先輩の仕事のやり方を観察して、いわば仕事のコツを「盗む」ようにして、自分で力量を身に着けることだ。できれば、先輩の知識や能力をターゲットにして、自習して追い着き・追い越すことを目指す、というくらいならなおいい。

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 先輩を相手に、緊張感のある競争が出来るようになると、後輩の側でも励みになるし、仕事の力も伸びる。そのためには、先ず、先輩並みの仕事をしてやろうという気概が必要だ。そして、先輩に対して精神的に風下に立たないように、飲食の勘定にあってもいわゆる「割り勘でいい」というくらいの覚悟を持っておくことが望ましい。先輩には飲食を奢られるのが「当然だ」という意識を持つと、人間が卑しくなるし、緊張感が失われる。先輩と一緒の飲食では、いつでも、「割り勘までは自分で払ってもいい」という覚悟を持っていたい。

 現実には、「覚悟」だけで十分な場合が多いだろうが、この種の覚悟は案外大事だ。もちろん、先輩の厚意を有り難く受けて、遠からず自分がそれを後輩に奢る形で返すといった流れになると美しい。

 そして、後輩の先輩に対する一番の恩返しは、早く一人前になることだ。そのためには、自分が後輩に対して「早く自分も『良い先輩』になろう」と心掛けて、自分の周囲の「良い先輩」から学ぶことが早道だ。

 「後輩」であることを心地よしとして、その立場に安住するのではなく、早く「良い先輩」になることを目指したいものだ。

 もっとも、先輩・後輩の関係はうまく結ぶなら組織の人間関係に潤いをもたらしてくれるが、心の奥底では、「先輩も後輩も関係ない。人と人とは対等が基本的な関係だ」と思っていていい(筆者はそう思っている)。

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