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SNS時代の「悪意」との付き合い方

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インターネットのコミュニケーションが発達した昨今、予想もしない方向から悪口や敵意むき出しのコメントが飛んでくることがある。こうした悪意に対し、どのように付き合うべきか考えてみたい。

見えやすくなった「悪意」

 インターネットのコミュニケーションが発達し、特に、フェイスブック、ツイッター、ライン、ブログなどのいわゆるSNSを通じて、自分に対する他人の悪意に思いもかけずに触れるケースが増えて来た。

 かつてであれば、自分に対する悪口は、陰で言われている気配があっても、直接耳に入ってくることが少なかったし、無視してやり過ごすことが容易だった。しかし、SNSのコミュニケーションにあっては、いきなり敵意むき出しのコメントが予想もしない方向から飛んでくることがある。

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 本稿の主な読者であるエンジニア諸氏は、ネットとの距離が近い方が多いので、思わぬ攻撃を受けて戸惑った経験のある方が少なくないのではないか。

 日本のSNSは、かなり広い範囲で匿名を認めているので、正体の分からない第三者から、「バカ!」とか「こんなことも分かっていないのか(笑)」といった、激しい言葉が浴びせられることもある。

 また、フェイスブックのような実名が基本のメディアでも、明らかに自分を対象とした反感が書き込まれていて、心が波立つことがある。

 こうした、「悪意」とどのように付き合ったらいいのだろうか。

 筆者の思うに、悪意との付き合い方には、2つの要点がある。
(1)悪意を浴び慣れることと、
(2)自分の側の悪意を上手にコントロールすること、だ。

「悪意」に慣れることのメリット

 SNSで悪意のあるメッセージを受け取った場合、精神的には「いやな感じ」、「ネガティブな影響」を受けるのが、先ずは自然な反応だ。かなり有名な方でも、繊細な人の場合、「心が折れる」と吐露される方もいる。自分に取って悪い意味で気になることの影響を重く見て、それ以上の悪意のメッセージが届かぬように、相手を「ブロック」して、今後、悪意に晒されないようにしようとする人が少なくない。

 その気持ちは分からなくもないのだが、しばし、客観的に考えてみて欲しい。
 相手をブロックして、自分に対する悪意を見えなくしてしまうと、何が起こるだろうか。逆に、悪意を浴びることに「慣れ」を持ち、自分に対する悪意を見ることで何がもたらされるだろうか。

 筆者は、精神的に耐え難いレベルのものについてはブロックしても構わないとは思うが、自分に向けられた悪意を浴びることに慣れることの方が、メリットが大きい場合が多いと考えている。

 理由を三つ述べよう。

 一つには、悪意も見ておくことで、単純に情報量が増える。例えば、悪意のメッセージの発信者をブロックしてしまうと、彼(彼女)がどのような情報を発信しているのかが分からなくなってしまうので、最悪の場合、世間に対して自分が致命的に貶められていることに気づかないことが起こり得る。不愉快ではあっても、世の中で起きていることを直視できる精神の強さは重要だ。

 第二に、悪意のメッセージであっても、自分が気づかなかった自分の議論の弱点や、世間が自分をどう見ているかについて、プラスになる「気づき」が得られる場合がある。相手は悪意を向けてきた積もりなのだが、それが当方のいわば栄養になるのだから、先方にとっては間抜けな話だ。ありがたく活用するといい。

 そして、第三のメリットは、悪意のメッセージが喚起してくれる「闘志」だ。自分が上手くやることによって、「あいつ(ら)を、悔しがらせてやろう」という感情は、やる気の元になる。結果的にプラスに働くことがある。

対処法と心の持ちよう

 例えば、ツイッターでもブログでもいいが、自分に対して悪意のコメントを向けられた時に、どうすればいいのだろうか。

 結論からいうと、八割以上の場合は所謂「スルー」、無反応が正解だ。大抵の場合、悪意の主は、悪意を向けた相手が何らかの苦しげな反応を見せることに張り合いを見出し、次の手を繰り出したい気分になる。相手を勢い付かせないためにも、余計な刺激を与えない方がいい。反応することは、第三者から見て、内容的或いは精神的に、攻撃された側が攻撃を無視できなかったことを示唆するので、自分に取って不利でもある。

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 但し、悪意を向けられた時、相手が持っている影響力については、正確に評価しておく方がいい。ツイッターで言うフォロワー数の多い相手は、それだけ情報発信力があるので、説明するなり、反論するなりを、丁寧に行う必要がある。但し、無反応でやり過ごすと、相手も張り合いがないので、ネガティブな情報発信が続くことは少ない。

 もちろん、フォロワー数が少ない相手は、無視して差し支えない。

 大まかに言って、フォロワー数が圧倒的に大きい者が、フォロワー数の小さな者に対して悪意を持って「絡む」ことは稀だ。悪意のメッセージの背景には、影響力や存在感の小さな者の「嫉妬」の感情がある場合が多い。

 また、実名の者に対する匿名の者の攻撃は、そもそも後者の発言に重みがないので、将棋で言う「飛車角落ち」くらいの手合い違い(実力差)だ。議論には誠意をもって正確に応対する必要があるが、精神的には自分が優位なのだと思っていて間違いない。

 以上のような対処法と心の持ち方を知って、自分に悪意を向けられることに対して、「いい意味で、鈍く」なり、悪意を浴び慣れると、追加的な情報を得ながらも、自分が受けるストレスを減らすことが出来るようになる。

自分の側は「悪意」を見せるな

 前述のようにSNSのようなオープンな場で、露骨に悪意を表現することは、相手に対する嫉妬や自分が制御できない怒りの感情を他人に見せることに外ならない。

 人間の自然として、悪意のあるメッセージを受けてカッとなることはあろうが、自分の側の悪意を十分手なずけることが大切だ。

 自分の悪意を広く他人に見せてしまうと、概ね軽蔑されたり敬遠されたりするものだし、十中八九は「恥ずかしい」。

 先日、エンジニアではないが、ある種の専門家の業界のそれなりの有名人が、同業者が書いた本の内容に腹を立てて、名指しではないが、フェイスブックに、明らかに相手が分かるような暴言を吐いて暴れたことがあった。相手の側はこれを無視した。しかし、暴れた人は、それ以降、その相手が出席する業界仲間の会合に誘われても、相手と顔を合わせるのが嫌で出席できない心境に陥ってしまった。この人は、悪意の吐露を抑えられなかったことで、世間を狭めたのである。ビジネス的にもマイナスだった。

 悪意の発散方法を間違えると、世評的にも、結果的に自分の精神の上でも、傷を負うことになりかねない。

 悪意を浴び慣れることに加えて、これが、第二の要諦だ。

 他人の悪意を余裕を持って受け止め、これを自分のモチベーションに転化する。そういう態度を持つことができると理想的だ。

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