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【シーズン4 第5話】第3のイスラーム、スーフィズム

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 イスラームと他の宗教との大きな違いに、聖(修道院、出家)と俗(日常生活)を分離しない「聖俗不分」があります。日常茶飯事のすべてが宗教の範囲であり、政治もまた宗教の範囲になります。スンナ派はイスラーム法(シャリーア)に従い、シーア派は霊性最高権威者(イマーム)による真理(ハキーカ)に従います。前者は書かれた外面を重視しますが、後者は物事の奥の目に見えない隠れた内面を追求することを重視します。内面を重視するタイプのイスラームは、霊性最高権威者(イマーム)という、ある意味キリスト教のイエス・キリストに似た存在者を中心に考えています。

 「イマームと呼ばれる霊性最高権威者が預言者の内面と解釈され、人類の歴史に12人だけそのようなイマームが現れたとする12イマーム派がイランの国教なのです。イスラームの創始者ムハンマドは最後の預言者で、その預言者の内面、クルアーンの7層の深層を全体的に解釈できた最初の人(初代イマーム)が、ムハンマドの娘と結婚した娘婿のアリー、そして最後のイマームである12代のムハンマド・イブン・ハサン(5歳)は11代の父が亡くなったその日(西暦874年7月24日)に地下の密室から行方が知れなくなってしまいました。普通に(表面的に)考えると密かに誘拐されたと考えると思いますが、シーア派の12イマーム派のイランでは存在の目に見えない次元に身を隠し(ガイバ)と信じられています。」 3タイプのイスラーム

 同じ内面を重視するタイプのイスラームは2つに分かれます。ひとつは、霊性最高権威者(イマーム)を中心に考えるシーア派、もうひとつは霊性最高権威者(イマーム)の存在はなく、自己と真理(ハキーカ)を中心に考えるスーフィズムです。

  • スンナ派:イスラーム法(シャリーア)に全面的に依存するイスラーム
  • シーア派:霊性最高権威者(イマーム)による真理(ハキーカ)に基づくイスラーム 
  • スーフィーズム:真理(ハキーカ)から成立するイスラーム

 スンナ派もシーア派も聖俗不分が大原則ですが、スーフィズムのルーツは俗世界とは離れ、内面を追求するイスラームの神秘主義です。スーフィーとは羊毛の衣を着た人を意味しますが、昔のアラビア半島では羊毛の衣装は軽蔑の対象で、極貧者、奴隷、囚人の衣装だったようです。また同時に羊毛は砂漠の奥地に住むキリスト教の隠者、修道士の衣装でもあり、「羊毛を着ること=世俗を離れて苦行の道に入ること」の象徴的な表現となり、この人たちはスーフィーと呼ばれるようになりました。

 時代的にはムハンマドの死後、ウマイヤ朝が物質主義的な現世主義に陥り、宗教は外面的な儀式とされたため、世俗から離れ山野に隠れ、永遠的なものを求めた人たち(禁欲主義)がはじまりです。スーフィズムが組織化された発祥地はクーファ(現在のイラク)で、シーア派の思想的な本拠地(初代イマーム、第4代カリフ、ムハンマドの従弟で娘婿でもあるアリーの拠点)であり、ヘレニズム(ギリシア哲学は当時のヨーロッパで忘れ去られたが、イスラームに伝播した)の中心地です。このような地理的な影響からか、内面を重視するシーア派のイスラームにギリシア哲学やインド哲学(古代ヒンズー教)が流入しスーフィズムは出来上がったようです。

 ちなみに、スーフィズム(イスラーム神秘主義)における「絶対者と自己との合一」(ペルソナ転換)は、古代ヒンズー教のアートマン(自我)とブラフマン(宇宙原理)の合一が流入されたものです。

 「ここに問題としている思考の全工程の出発点は、言うまでもなく二つのペルソナの対立である --- 神と人(ヴェーダーンタ的に言うならばブラフマンとアートマン)。この時点での両者は、それぞれ一個の自律的ペルソナである。神的ペルソナと人間的ペルソナとが、いわば上下に、無限の距離をへだてて対立対峙する。そういう点で相対する二つのペルソナが、前にもちょっと言ったように、肯定・否定、あるいは有と無、の力動的・弁証法的緊張をはらみつつ、次第に一体化していくのだ。この神と人との対立は、人間の側から言うなら、人間の主体性が神の超越的客体制の前に立つことである。・・・神への愛は、神に対する恋心の烈しさだ。その道の終点が「結婚」(神的ペルソナと人間的なペルソナの合体・融合)であることはすでに述べた。・・・ひろくスーフィーたち自身に認められた定義は、「人が神の属性を帯びること」であった。・・・スーフィーが、神的属性を次第に身に帯びて内的変質をとげ、ついにペルソナ転換の極限まで到達する全工程を、バスターミーは前述の否定の道に対応する形で、逆の肯定の道として形象化する。・・・『汝はそれだ!、しかしその時、そこに私は存在しないでありましょう』・・・いずれにしても、このプロブレマテックな文が、小論の用語法で言えば、神と人とのあいだの絶対的ペルソナ転換を表すことだけは疑いの余地のないところであろう。」 イスラーム思想史 TAT TVAM ASI(汝はそれなり)より

 スーフィーで有名なのはトルコの観光名物のセマ(スーフィーダンス)ですが、白いスカート状の服を穿き、音楽に併せて1時間以上くるくるくるくると回り続けることは神に近づく(合一)の手段のひとつです。同じように神に近づく(合一)の手段で、「アッラーハ!」「アッラーハ!」と休みなく呼び、瞑想三昧に入るもの(ズィクル)もあります。

 クーファで生まれたスーフィズムは各地に広がり、オスマン帝国時代にトルコで一大勢力となり発展しました(トルコ民族はイスラーム以前はシャーマニズムが浸透していたため、現象的に似ているスーフィズムに強く共感した)。しかし、トルコが欧化政策を推進するなか、スーフィーであることは違法とされ、スーフィーの教団は強制的に解散させられました(観光客向けのショーという名目でのみ許可)。
 ちなみに、現代のトルコはスンナ派ですが、トルコのスーフィー信徒は世俗主義を支持しています(信徒数などの実態は不明)。

 スーフィズムはイラク、北アフリカ、インドのカーディリー教団、トルコのメヴレヴィー教団、イラク、シリア、エジプトのリファーイー教団などが有名で、スンナ派であれシーア派であれスーフィー教団に属しているムスリムも多いようです。

 そしてスーフィズムには、他宗教に対して寛容で、細かい戒律にうるさくなく、土着の風習や信仰と柔軟に混合しやすいという特徴があります。そのため、商人のネットワークに乗ってアフリカ、南アジア、中央アジア、中国、さらに偏西風に乗った貿易船で東南アジアなどにイスラームは自然に浸透したのです。

 「3タイプのイスラーム」と今回の「第3のイスラーム、スーフィズム」で2回にわたって解説したように、同じイスラームでもバックグランドの考え方を3つで捉える必要がある、ということになります。

  • スンナ派 ・・・ アラブ系の世界
  • シーア派 ・・・ ペルシャ(イラン)系の世界
  • スーフィズム ・・・ 世俗主義系(発祥は禁欲主義から)、他の宗教に寛容で、土着の習俗や信仰と柔軟に混合しやすい



【シーズン1】デジタルのマーケティング
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