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【シーズン4 第3話】クルアーンの2つの奇蹟

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 イスラームの人たちは、啓典としてアラビア語で書かれたクルアーン(コーラン)をバックグランドとしていますが、今回は私なりにクルアーンの観点からユダヤ教やキリスト教との違いを考察してみました。

 ムハンマドがイスラームをメッカでStart upしたとき、民衆は受け入れの第1歩としてまず「奇蹟」を求めたと言います。これはイスラエル人を含むセム族の大きな特徴で、モーセの奇蹟(5つの奇蹟、海割れの奇蹟)やイエスキリストの奇蹟(カナの婚宴の奇蹟、パンと魚の奇蹟)など、預言者の資格として奇蹟求めます。しかしムハンマドは、ムーサ―(モーセ)やイーサー(イエス)のような奇蹟を起こしません。最後の預言者であるムハンマド自身は自らを「飯を食い市場を歩く人間である」と断言し、「自然を含むすべての存在そのものが神の奇蹟」という宇宙的なスタンス(人間原理的?)を当然のこととし、「クルアーンこそが最大の奇蹟だ」と語っているのです。

 クルアーンはムハンマドが20年間断片的に語った啓示を、新しいものから順に遡り114章にまとめられたものですが、各啓示は前半10年のメッカ期と後半10年のメディナ期の2つに分けられています。

  • メッカ期:イスラームの宗教について
  • メディナ期:イスラームの法と倫理について


 クルアーンの本質的な考えは最初の第1章である「開扉(Al-Fatiha)」(メッカ啓示)の7行に凝縮されています(般若心経は276文字に凝縮)。このたった7行を400ページに渡り徹底的に解説した井筒俊彦さんの名著「『コーラン』を読む」(岩波現代文庫)がありますので、ご興味のある方はご参照ください。

  1. 讃えあれ、アッラー、万世の主、
  2. 慈愛ふかく慈愛あまねき御神、 
  3. 審きの日の主宰者。
  4. 汝をこそ我らはあがめまつる、汝にこそ救いを求めまつる。
  5. 願わくば我らを導いて正しき道を辿らしめ給え、
  6. 汝の御怒りを蒙る人々や、踏みまよう人々の道ではなく、
  7. 汝の嘉し給う人々の道を歩ましめ給え。


 では、実際にアラビア語の「開扉(Al-Fatiha)」を聴いてみましょう。

 開扉(Sura Al-Fatihah)(1分動画)

 たった7行のクルアーンの韻律(サジュウ体)の美しさが多くのイスラームを魅了し、朗読の美しさのベスト10のようなものもあります。この韻律の美しさに惹かれイスラームになった信者も少なくない、とのことです。また、井筒俊彦さんが、岩波文庫のコーラン(上)の解説で以下のように記しています

 「一般に『コーラン』の文体が我々の耳に与える印象がきわめて壮重で壮厳であることは先刻書いた。それから、その印象が根本的にアラビア語という言語そのものから来る特徴であることも。だがそれだけではない。実は『コーラン』には特殊な文法上の技巧が非常に上手に使用されているのである。この技巧、ないし技術は人為的になかなか真似できるものではない。」(ムハンマドは文盲だった、という伝承もある)

 これにより、声に出して朗誦されるクルアーンの美しさが「クルアーンこそが最大の奇蹟」と言われる所以なのです(他の言語に訳したものは聖典と認められない)。


 「イスラエルでパレスチナのラジオの音楽番組のベストテンランキングは、毎週1位がクルアーン(コーラン)だと聞いたことがありますが、アラビア語で書かれたクルアーンを音読する音は、彼らにとって音楽のようなのでしょうか。」 アラビア語と横串刺しイノベータ



 さて、【シーズン3 第3話】
多産多死と己の失敗で旧約聖書の生みの親はペルシャ帝国、キリスト教はローマ帝国であることに触れましたが、イスラームは何というパックス(その時代の覇権国)が権威を付与し、普及したのでしょうか。

 「
余談ですが、モーセ五書(旧約聖書の律法)はペルシャ帝国がユダヤ人を統治していたころ、ユダヤ民族の統治テクニックとして生活を律する中心となるものを、ペルシャ官僚だったユダヤ人エズラに命じ、編纂させたものです。となると、皮肉にも現在のイランが旧約聖書に権威を付与した(キリスト教におけるローマ帝国の役割と同じ)生みの親ということになります。

 ユダヤ教の聖典もキリスト教の聖典も個人の宗教的な側面が主体の宗教ですから、社会システムはその時代の支配者に依存する訳です。しかし、イスラームの聖典であるクルアーンのメッカ期の啓示には、イスラームの法と倫理の側面もあります。そして、ムハンマドが政治的指導者として自らの率いる組織に生じる無数の現実的な問題をさばき、社会システム(後にハディース、シャリ―アとなった)そのものまでも創造しているのです。
 したがって権威を付与されるのでなく、付与する側のパックスとしてムハンマド時代にアラビア半島を制圧し、正統カリフ時代にはシリア地方、エジプト、イラク、イラン、さらにウマイヤ朝では北アフリカ、アンダルシア(イベリア半島)、アッバース朝では中央アジア、インドまで領土を拡大したのです(モンゴル帝国がダマスカスに攻め込み滅亡。しかし逆にモンゴル帝国の領土にイスラームは浸透した)。

 ムハンマドが砂漠のベドウィン出身ではなく、メッカという商業都市の支配部族であるクラッシュ族の名門ハーシム家(現ヨルダン国王の家系)の出身で、シリアへの隊商貿易に従事した誠実で有能な商人だったことや、天才的な政治家であったことも事実ですが、たった114章からなるクルアーンが「宗教」と「法や倫理」の2部作になっていることが、正統カリフ時代からウマイヤ朝、そして、ルネッサンスの礎となった「知恵の館」を創造したアッバース朝へとつながったひとつの理由でしょう。
 これもクルアーンの奇蹟と言えるのではないでしょうか。

【シーズン1】デジタルのマーケティング
 http://blogs.itmedia.co.jp/CMT/1/

【シーズン2】マーケティングクラウドとマイクロサービス
 http://blogs.itmedia.co.jp/CMT/2/

【シーズン3】イスラエルのオープンイノベーション
 http://blogs.itmedia.co.jp/CMT/3/

【Coffee Break】
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