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【シーズン3 第15話】ヘブライ語のベン・イェフダーと井筒俊彦さん

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 「中空構造と甘えの構造」で、土居健郎さんが「甘え」という日本語が、日本人の特徴のひとつを作っていることを示したように、その民族が活用する言葉には、その民族の特徴が表出します。イスラエルではヘブライ語が日常的に話されていますが、実はこの言葉は最近になって一般的に使われだした言葉なのです。

 イエスの時代のイスラエルは一般的には当時の中東の国際語であったアラム語を話し、シナゴークではヘブライ語が話されていたようです(旧約聖書はヘブライ語で書かれている)。

 「(古典ヘブライ語は)紀元70年にユダヤ人の世界離散(ディアスポラ)が起こってからは、ユダヤ教における宗教儀式において使用されるほかは、ラディーノ語、イディッシュ語の中に痕跡を残すのみで一般的な話し言葉としては完全に使われなくなっていた。」 Wiki より

 西暦135年にイスラエルは再びローマ帝国に鎮圧され、名称もシリア・パレスティナ属州に変わり、この時期に多くのユダヤ人が世界中に離散し、各地の言葉を話すようになり、Wikiにあるようにヘブライ語は一般的に使われなくなりました。しかし、イスラエルが建国される前に移住したベン・イェフダーというひとりのユダヤ人が、1800年以上も一般的に使われていないヘブライ語を復活しようとヘブライ語大辞典の編纂に取り組んだのです。国家がないのですから国家に命令された訳でもなく、誰かに頼まれた訳でもなく、彼が自発的に取り組んだことです(セム系一神教における「自発性」については「アブラハムコンプレックスとムスリム」参照)。

 彼が復活させたヘブライ語によって思考されたイスラエルの科学的な業績の数々は、今更ここで解説することではないでしょうが、セム語系の言葉は文字を右から左に記述します。

 セム系民族は記録をすることを重要視するため、その記録は長く永久に残したいため石に彫り刻みました(東日本大震災の際も石に刻まれた大津波記念碑だけが過去の記録として残っていた)。
 セム系文字は右利きの人がノミを左手にハンマーを右手に持ち石に刻むため文字が右から左になった、という説があります。確かに、モーセの十戒は石に刻まれていますし、チャールトンヘストン主演の映画でもエジプトの王(エジプト人もセム系)が「Record」と部下に記録を何度も命じています(役人のルーツは記録係)。

 「旧約聖書はペルシャ帝国がユダヤ人を統治していたころ、ペルシャ帝国の官僚でユダヤ人だったエズラがユダヤ民族の信じるものをまとめよ、と命を受けて編纂したものだ、という説があります(皮肉にも現在のイランが旧約聖書の生みの親で、キリスト教におけるローマ帝国の役割と同じ)。説の真偽は別にして、成立した旧約聖書は創造性を生み出す『システム』なのです。」

 「多産多死と己の失敗」で紹介したエズラはペルシャ帝国の編纂記録係として旧約聖書の確定に大きな貢献をしました。過去の失敗が記録されているからこそ、それを読んだ人が失敗から学ぶことができます。ゴールドラット博士の「愚か者は失敗に学ばず、才人は己の失敗に学ぶ。そして賢人は、他人の失敗からも学ぶのだ。」という名言は現代ヘブライ語を使うイスラエル人には浸み込んでいることなのです。

 旧約聖書はイエスというイノベータの出現により新しいコンテンツ(新約聖書)が加わりました。ヨーロッパやアメリカに普及した新約聖書という新しいコンテンツはどのようにして生れたのでしょう。

 「ユダヤ教のイノベータであるイエスがZero to One(0を1に)にした原始キリスト教は、Start up段階のエルサレム教会において、割礼の習慣などを撤廃するか否かで、イエスの兄弟ヤコブなどとパウロは揉めました。そこでパウロは、エルサレムから離れたシリアのアンティオキア教会を拠点に、キリスト教をグローバルに受け入れられるように改善し(割礼や食物規定の撤廃など)、ローマという当時のパックスへのMarket Entryに挑戦したのです。マーケティングの手段は、コンテンツマーケティング(パウロ書簡)と、キリスト教がもっとも効率的に芽生え、広がるような、人物、場所、大きなコミュニティを選別したセミナーです(STPマーケティング)。

 「ラストサパーとコカ・コーラ」で紹介したように、ドメステックなイスラエルで生まれたユダヤ教は、イエスの手でキリスト教となり、パウロの手によりグローバルなものとなり、欧米人のバックグランドとなりました。そして私たちが学んでいるマーケティングはすべてこの流れからのものです。

 「サルトル、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロは、いずれもヨーロッパに生まれヨーロッパの視点で思考してきた人たちです。ユダヤ・キリスト教の流れ、つまりアブラハムの息子イサクの流れです。しかし、アブラハムには、正妻のサラでなくハガルという女性が生んだイスマーイール(イシュマエル)という子供(アラブ人の祖先)がいます。」

 「アブラハムコンプレックスとムスリム」では、イスマーイールの子孫について少し触れましたが、【シーズン3】ではいろいろな角度からイサクの子孫であるイスラエル人を考察してきました。私たち日本人が欧米から学んだマーケティングは、ピタパンやホブスを食べるイスマーイールの子孫を含んだものにはなっていません。しかし、今後はそれを改善(バージョンアップ?)する必要がある、と私は考えるのです。


 そして、井筒俊彦さんは早くからその必要性に気が付き、言語学をベースにイスラーム哲学をインテグレーションした東洋哲学を創造しました。ある意味、私にはイスラエルでヘブライ語を復活させた言語学者ベン・イェフダーの偉業と、日本における井筒俊彦さんの偉業はタブって見えてしまうのです。
(もっと早く
井筒さんのことを知っていれば市民講座などのセミナーに参加し、お会いすることができたのに...)

 これで【シーズン3】は終わり、次の【シーズン4】では世界各国に国境を越えて浸透しているムスリムへのマーケティングのPrefaceとして「イスラームの環境研究」(=世相の変化予測)がテーマとなります。


【シーズン1】デジタルのマーケティング
 http://blogs.itmedia.co.jp/CMT/1/

【シーズン2】マーケティングクラウドとマイクロサービス
 http://blogs.itmedia.co.jp/CMT/2/

【Coffee Break】
 https://blogsmt.itmedia.co.jp/CMT/coffee-break/

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